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第725話
「フォーメーションも含めたスタメン予想、三人とも見事にはずしましたね」
試合開始のホイッスルが鳴り、動き出したボールを見つめて。そう呟いた竜崎さんは、それから一言も言葉を発しなかった。
けれど。
竜崎さんの横にいる俺と、俺の隣にいる柊は違って。
「なぁ、柊……アレ、お前ならどう動く?」
「右のサイドバック走らせといて、ディフェンダーがギリギリ寄ってきたらそこにパス出す。それからカットインしてパスもらって、俺が決める……って言いたいところだけど、生憎俺はあのピッチにいないんだよねぇ」
実際に動いてる選手達を眺めつつ、自分たちならこの試合展開をどう進めていくかを俺と柊は話し合っている最中だ。
「お前がいる、いない、なんてもんはどうでもいい。問題は、右サイドにスペースあんのにそこに振らねぇーことだろ。あのミッドフィールダー周り見えてねぇーわ、ボール持ち過ぎ」
「それは同感だ。相手のディフェンダーもそのことに気づいているから、下がることをしない。カウンター狙って詰めてきている、これはホーム戦で勝ち星ゼロかもな」
「ホームで勝てねぇーなんて、サポーターからブーイングの嵐だぞ……バカッ、だからそっちじゃねぇーって。なんか腹立つわ、この試合」
「だな。俺を出せ、俺を」
自分があのピッチに立てていたなら、そう思うとヤキモキしてしまうのは俺だけじゃないらしい。声を荒らげることはしないが、柊も相当この試合展開にはイラついているんだろうと思う。
攻めているのに攻めきれないホームチームの動きは、俺たちから見ても問題点ばかりなのが丸わかりだ。広げた両膝に肘を付き、前屈みで試合を観戦する俺と、スタンドにふんぞり返って腕を組みつつ溜め息を吐く柊。
互いに見方は異なるが、思うことは似たようなことだ。どのようにチームを作り上げていくかは監督次第、その支持を聞き入れどう連携を取るかは選手次第。プレーしている本人しか分からないことは多いけれど、ピッチの外だからこそ見えてくるものも多いから。
「白石コーチなら、ハーフタイムのロッカールームで選手達に何を話すんだい?」
前半終了間近、アディショナルタイム1分が与えられた時間にそう俺に問い掛けてきた柊は、たぶん俺と同じ意見を持っているんだろうと思いながら俺は口を開く。
「まず落ち着いて周りを見ろ、プロならプロらしく仕事しろって言う。細かいこと言うより、選手達の意識高めた方が早いと思うし」
「選手を信頼してるからこそ言える言葉だな、白石コーチは監督業も向いているんじゃないのか?」
「それは柊だって一緒だろ?お前も、どうせ俺の考えに近いこと思ってんじゃねぇーの。頬、気持ちわりぃーくらい緩んでんぞ」
「サッカーのことになったら、可笑しいくらいに雪夜クンと意見が合うから嬉しくてね。こんなふうに思いを共有できるなんて……まるで、俺たち恋人みたいだ」
呟いた柊の最後の言葉は、前半終了のホイッスルの音にかき消され、俺の耳には届かなかった。
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