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第727話
飲んだ後、きっちり割り勘して店を出た俺たち。食後の一服が欠かせない俺は、煙草を吸うために店先のスタンド灰皿の前で立ち止まったけれど。
「雪夜クンさ、煙草吸ってても絵になるよね」
「あ?」
箱を軽く上下させ、出てきた一本を咥えて。
俺は柊に視線を移しつつ、煙草に火を点けていく。喫煙者ではない柊は、先にホテルへ向かうだろうと思っていたんだが。俺が足を止めた場所から、数歩前の所で柊も立ち止まっていて。
「いつから吸ってるの?二十歳越えてから……なんて、そんなことは有り得ないか。随分と様になっているところを見ると、雪夜クンは未成年のうちから色々としてきてるんでしょ?」
「お前に関係ねぇーだろ、煙草も酒も……俺、別に覚えたくて覚えたワケじゃねぇーし。悪いことは何ひとつしてきてませんけど、ソレがナニ?」
吸い込んだ煙を吐き出し、そう柊に言い返してはまた煙を吸い込んで。目にかかる前髪が邪魔で軽く首を左右に振った俺は、流し目で柊を睨みつける。
「……そういう態度も、表情も、本当に堪らない。俺、雪夜クンに相当お熱みたいだ」
切なそうに細められる柊の瞳は、嘘をついているようには思えない。酔った勢いで言っているんだろうと思うが、酔わなくても最初からコイツはこんなヤツだって。俺は、自分の考えを自分自身で訂正した。
「始めは蹴落とすつもりで近づいたはずなのに、今じゃ雪夜クンとこうして一緒にいられることがとてつもなく嬉しい。ねぇ、雪夜クン……コレって、やっぱりイケナイことなのかな?」
微かに震える柊の声。
店の小さなライトと僅かな街灯に照らされ、暗闇のなかにいる柊の姿からはその表情が読み取れない。
クシャッと掴まれた前髪と、その手で目元を覆う柊。そんな柊の姿に、ゆっくりと靄がかかっていく。俺が吐いた煙草の煙は、まるで心を閉ざすようかのに、柊の姿も言葉も受け入れようとはしないけれど。
「俺は、一生お前に惹かれることはない。お前のこと、クソだともクズだとも思ってるし、なんなら気色悪いヤツだって本気で思ってる」
「うっわ……結構マジで傷付くよ、それ」
「でも、俺にとって柊って存在は、これからコーチやってく上で欠かせないヤツになっていくと思う」
「……雪夜、クン」
「お前の気持ちに応えてやりたいなんてこれっぽっちも思わねぇーし、野郎に惚れられてもなんも嬉しくねぇーけど。イケナイことなのかどうかはお前が決めろ、柊」
誰が誰を好きになろうと、それを否定する権利も批難する権利も俺にはない。だから俺には、柊の想いがイケナイことだと断言してやることもできない。
ただ、素直に俺が思ったこと。
気色悪いこの男とは、研修が終わってもコーチとして話がしたいと思えたこと。柊侑世という存在を、俺は多かれ少なかれ認めていること。
恋とか愛とか、そういったものではないけれど。
「行くぞ、侑世」
まだ吸いかけの煙草を銀色のバーに押し付け火を消した俺は、そう柊に告げていた。
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