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第728話
「……年下のくせに、本当生意気」
「俺に名前呼んでもらえただけ感謝しろよ、年上のくせにキモいんだっつーの」
「それ年上とか関係ないでしょ、俺のことあっさり振りやがって……でも、すごく嬉しかった」
俺と並んで歩き出した柊は、ヘラヘラと笑いながらそう洩らして。やっぱキモいと俺が思ったことを呟いても、柊は怒ることなく隣にいるだけだった。
こんなふうに距離が縮んだのは、きっとお互い酒のせいだと思う。明日になったら、今と同じ距離感で話ができるとは限らない。
今までは、めんどくさいで片付けてしまっていたこと。そのことに少しだけ向き合ってみれば、それなりに得られるものはあるんだと実感した。
友人でもなければ、恋人でもない。
先輩後輩といった括りでもなく、ただ同じ研修に偶然居合わせた俺と柊。でも、コイツと飲めた時間は悪いもんじゃなかったように思う。
「また時間があったら一緒に飲もうよ、仕事の話ならいくらでも付き合ってくれるんだろ?」
辿り着いたホテルの前で俺に尋ねてきた柊は、何処か名残惜しそうにそう言って足を止める。
「仕事の話ならな、それ以外はイヤだっつーか興味ねぇーから却下。お前のことはキモいとしか思えねぇーし、やっぱキモいし」
立ち止まった柊をおいてけぼりにして、俺はスタスタと自室に向かうためにエレベーターに乗り込んだけれど。
「雪夜クンさ、どんだけキモい連呼すんの?俺、これでもモテる方なんだけど……って、人の話聞いてないし。俺も乗せてよ、どうせ同じ階まで行くんだから」
目障りだと言わんばかりに、嫌がらせでエレベーターの扉を閉めようとした俺だったが。ゆっくりと閉まっていく扉を片手で止めた柊は、酔っていても動きは素早かった。
「お前は階段で行け、階段で」
「そう言いながら乗せてくれる雪夜クンが好き、出来ればこのまま一緒に寝たいんだけッ……」
「調子乗んなや、クズ」
俺と柊を乗せ、動き出したエレベーターは少しだけ揺れていく。その原因は、俺が足で柊を壁に押えつけたから。手で押さえつけるのが壁ドンなら、今の状況は一体何と呼ぶのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えつつ、俺は大人しくなった柊を睨みつけた。エレベーターという密室の中で流れていく時間は、どうしてこうも長く感じるのだろう。
お互いが無言のまま、指定した階で扉が開いて。壁から足をどけた俺は、柊に構うことはせずに歩き出す。
「……俺たち、きっとこのまま上手くやっていけると思う。根拠はないけど、そんな気がするんだ」
背後から聴こえてくる柊の呟き、その言葉に俺が答えることはないけれど。柊に背を向けたまま俺が上げた片手は、肯定の意味を持つ。
この男とは、これからもこんなやり取りをすることになっていくんだろう。互いに意見を交換し、柊が近寄ってきたら俺が離れての繰り返し。
日本にいるバカな康介との戯れ合いが、ほんの僅かながらに懐かしく思えて。俺の中で、柊も康介と似たような位置付けになっていることを感じた夜だった。
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