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第731話

そこまで竜崎さんのことを理解してんなら、そっとしといてやれよクズ、と。俺は、すぐそこまで出てきそうになった言葉をなんとかして飲み込んだ。 『やーちゃん、隼ちゃんそこにいんだろ?お前の勘の良さは褒めてやっけど、残念ながらその予想ハズレてんぞ』 「ふーん、アホウドリも少しは学習したワケ?」 飛鳥に言ってやりたいことは、山ほどある。 しかし、星の話を竜崎さんの前でするわけにもいかず、俺は兄貴にそう聞き返した。 『調子乗んな。やーちゃんは、可愛い星くんのことだけ考えときゃいいんだよ。お前の子猫ちゃん、欲求不満で死にそうだぜ?』 「それが、ナニ?」 竜崎さんがいる手前、俺が詳しく星のことを話せないのを逆手に取り、飛鳥は電話越しで笑っている。この男の何がいいのか、俺にはさっぱり理解できないが。 『お兄様の命令だ……やーちゃん、隼に代われ』 飛鳥の傍に誰かいる気配もなければ、驚くほど甘ったるく落ち着いた声色でそう言った飛鳥。いつもの兄貴らしく命令口調なのは変わらないが、その声のトーンは依頼する側として相応しいものだった。 偶然が必然を要し、俺と飛鳥は今、お互いに可愛がってる相手を知っている。その相手が同性だってことも重々承知の上で、互いに認めた付き合いに口を挟むつもりはない。 このクズが、この時間に独りでいること。 それが竜崎さんにとって、幸か不幸かは俺が判断できるものではなかった。ただ、竜崎さんが思っている以上に、飛鳥がこの人のことを大切にしていることは確かだと思う。 不安そうな表情で俺を見つめる竜崎さんに少しでもそのことを気づかせてやりたくて、俺は竜崎さんに微笑んだ。こっちのやり取りが飛鳥に聴かれぬよう、耳に当てていたスマホを手の中で握り、俺は竜崎さんに小声で話し掛ける。 「思いの外、大丈夫そうッスよ。何の用があるかは知らねぇーけど、うちのクズ兄貴は竜崎さんじゃないとダメみたいです。出てやってください、竜崎コーチ」 俺が星だけを求めてしまうように、今の飛鳥は竜崎さんだけを求めて連絡してきたような気がして。持ち主の元に戻りたがっているスマホを、俺は竜崎さんに差し出した。 恐る恐るスマホへと伸びてくる竜崎さんの手には、さまざまな想いが込められているように思えてならない。本心では、大好きな飛鳥の声を今すぐにでも聞きたくて……でも、それ以外の雑音を竜崎さんは耳に入れたくないのだろうと思う。 好きな相手が、自分以外の誰かを抱いている気配。布が擦れる音だったり、小さな吐息だったり。そんなもん、耳を塞ぎたくなるのは当然の話だが。 その心配はないからと、そう伝えてやることができたら俺も少しは楽なのかもしれない。けれど、ここから先は、俺が間に入ってはいけない二人だけの領域。 飛鳥と竜崎さんの関係。 それは、俺には理解し難い大人の付き合いなのかもしれないが。感情を理屈で抑えつけ平然を保つことは、いくら歳を重ねても難しいことなんだろうと思った。

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