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第732話
緊張した面持ちで、ゆっくりとスマホを耳に当てた竜崎さんは小さな声で飛鳥の名を呼んだ後、俺にぺこりと頭を下げて部屋から出て行った。
二人が何を話しているのか、俺には分からないが。その内容に興味があるような、ないような……なんとも複雑な気分で、俺は課題のレポートを仕上げていく。
柊と飲みながら意見交換をしたこともあってか、思いの外スムーズに作業が進んで。竜崎さんが部屋を出てから1時間が経過した頃、俺は煙草を吸うために部屋の扉を開けたのだが。
「わっ!?」
「っと、危ねぇー」
飛鳥との通話を終え戻ってきた竜崎さんと扉の前で鉢合わせし、驚いた表情のまま固まっている竜崎さんをとりあえず部屋の中へと入れるために俺は身を引いた。
「兄貴、どうでした?」
「え、えっと……大丈夫、でした」
俺の問い掛けにそう答えた竜崎さんは、少しだけ頬を染め俯いてしまう。そんなに飛鳥との会話が卑猥なものだったのかと内心思いつつ、俺は笑いを堪えるのが精一杯で。
飛鳥の前でこんな顔をしてたら、そりゃ好きだって言葉にせずとも簡単に気持ちを見抜かれて当然だろうと。そう言ってやりたい気持ちに気づかないフリをして、俺は俯いたままの竜崎さんに声をかけていく。
「うちの兄貴ってクズですけど、時間ある時でいいんで構ってやってください。あの飛鳥がここまで誰かに入れ込むことなんて、初めてだと思うんで」
「雪君……」
「すげぇー不真面目でだらしない男だし、弟の俺でも飛鳥の考えてることなんて分かんねぇーけど。でも、俺にとってはなかなかの兄貴ッスよ」
褒めてるんだか貶してんだか、自分でもよく分からなくなってきて。何を言っているんだろうと思いながら、俺は話していたけれど。
「飛鳥は、彼は雪君の言う通り不真面目な人です。でも本当は、そうではないのかもしれません。僕は飛鳥のことを、真面目なフリをするのが上手い人間だと思っていました」
切なそうに笑って、そう洩らした竜崎さんは自身のベッドに腰掛け俺を見る。その姿は部屋を出る前の竜崎さんとは違うもので、何処か満たされたような安堵したような大人の顔をしていた。
この状況で竜崎さんを部屋に一人にするわけにもいかず、煙草を吸うタイミングを完全に逃した俺は、部屋の壁に凭れ上司の話に耳を傾ける。
「不真面目で真面目なフリをするのが上手いのではなく、真面目なくせに不真面目なフリをするのがとてつもなく上手い男だったのだと知りました」
どちらにしろ不真面目なことには変わりねぇーよ、竜崎さん。そう心の中でツッコミを入れ、大人しく話を聞く俺ってすげぇーいい子だと思う。
「なんでもない関係なのに、帰国したら一番に俺に会いに来いって……本当に、飛鳥らしい言葉です」
……あー、それはそれはご馳走様デス。
なんて。
口が裂けても言えない俺はただ黙って、嬉しそうに頬を染めていく上司の姿を眺めていた。
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