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第733話

【星side】 飛鳥さんに会った日から数日経過した、ある夜のこと。オレは、夢を見た。 いつも通りの生活を送って、大好きな雪夜さんも日本にいてくれて。お泊まりした雪夜さんのお家で目覚めた朝、オレは吸血鬼になっていた。 小さな牙が見え隠れする唇、でもそれ以外に特に異常はなくて。コーチのバイトで家を留守にする雪夜さんを、送り出すまでは良かったんだけれど。 その後に起こった身体の異変は、自分でどうにかできるものじゃなくて。帰宅した雪夜さんに、オレは求めるがまま抱き着いてその血を啜っていた。 いっぱいキスをして、いっぱいえっちなことをして。雪夜さんとひとつになって、たくさん愛し合えていた不思議な不思議な夢。 それが本当に夢だったんだと気がついたとき、オレは雪夜さんの部屋のベッドで独り寂しく目覚めることとなった。 「いないっ、なんで……」 周りを見ても、雪夜さんはいない。 夢の中では真っ赤に染まっていたベッドのシーツも、綺麗な状態のまま。ひとつになれた幸せも、雪夜さんの腕の温もりも。全てがなかったことになっていて、オレは絶望で膝を抱えてしまった。 「ぅ…ゆき、やぁっ」 あんなに、気持ち良かったのに。 あんなに、幸せだったのに。 そう思うと勝手に流れてくる涙は、オレの頬を濡らしていく。泣いても、雪夜さんがこの涙を拭ってくれることはないのに。痛いくらいに熱を持ったままの下半身だって、雪夜さんが可愛がってくれるわけじゃないのに。 「飛鳥さんの、バカ」 3日間溜まった精液はタンパク質として体内に吸収されていくから、半年間セックスしなくても大丈夫だって。飛鳥さんはそう言って、火照った身体の慰め方を教えてくれた。 心を無にして、悟りを開けって。 そんなこと、神様でもなんでもないオレができるわけがないのに。あっさり飛鳥さんの言葉を信じ込み、挙句の果てにこんな夢を見ちゃうなんて……オレは、なんてバカなんだろう。 でも、これもまだ夢のなかだったとしたら。 もしも、本当に吸血鬼になっていたら。 そんな有り得ないことが頭を過ぎり、オレはフラフラしながらベッドから抜け出すと洗面台の鏡を覗く。 「やっぱり、夢……だよね」 夢の中と同じようなシチュエーションのはずなのに、現実では牙なんか生えていなかった。 それが当たり前のことなのに、酷く落胆する。 泣いて腫れそうな瞼も、生気を失ったような表情も。鏡の中のオレは、本当にオレなのかと疑ってしまいたくなるくらいに、オレはショックを隠し切れていなかった。 夢の中で、雪夜さんに会えたこと。 雪夜さんに会いたい気持ちも、えっちなことだってしたいって思いも……そのすべてを叶えていくような、甘い甘い夢だった。 願わくば、雪夜さんもオレと同じ夢を見て。 オレと同じ幸せを、感じていてほしい。この絶望感を少しでも幸せに変えるには、そう思うしか方法が見つからなかった。

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