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第740話

【雪夜side】 時間が過ぎれば、季節も変わる。 予定されていた研修が終わるのも、残り僅かとなったある日のこと。 最後の研修の地、イタリアのミラノで俺が観光がてら訪れているのは、イタリア大聖堂なんて呼ばれるクソでかい教会だ。 宗教関係にまったく興味はないが、それでも綺麗だと思える建造物に心が洗われるような気がして。イタリアに来る前に立ち寄ったフランスのとある教会で、俺はその美しさに魅力されてしまい、この地でも教会にやってきている。 ここに星くんがいたなら。 この風景を一番に見せたい相手のことを思い、地元の熱心な信者や観光客に紛れつつ、俺はゆっくりと目を閉じる。 俺が神に祈りを捧げるをとしたら、それは愛する人のためだ。星がまだ高校一年生だった時、王子と執事を連れ訪れた神社でも同じようなことを思ったけれど。 それは今も変わりないのだと、俺はそんなことを考えながら目を開けて。 自分のために遠く離れたこの地までやってきたはずなのに、それがいつの間にかアイツのためになり、この研修で得られたことが俺と星の絆をより深いものにしてくれていたらいいと。 ささやかな願いを込め、俺は一番高い尖塔にいる金のマリア像に微笑みその場を後にした。 帰国前に、やらなければならないこと。 その目的を果たすために俺が教会の次に向かった先は、まだ日本未上陸らしいミラノ発のコスメブランドの店舗だ。 そこのリップやマニキュアを手に取り、良さが分からぬまま購入して。地元イタリアの店員の姉ちゃんには恋人への土産かと聞かれ、説明するのも面倒だから適当に肯定したけれど。 俺が店を出る時に交わすさり気ない挨拶をすると、その姉ちゃんはすげぇー笑顔で俺にまたねと手を振ってきたから。やっぱりこの姉ちゃん勘違いしてんだろうなと、俺は内心苦笑いでそそくさと店を立ち去っていく。 恋人への土産だったなら、化粧品なんて買わない。この土産は星くんにではなく、妹の華のもの。ミラノに行くなら比較的リーズナブルな価格で購入可能な、プチプラコスメを買ってこいと人使いの荒い妹に頼まれていた俺は、深い溜め息を吐いた。 「ったく……あのクソ兄妹、さすがだわ」 コスメやワイン、チーズにチョコレート。 荷物が増えるのも嫌だし、俺の目的はあくまでも研修だが。どうしても土産が欲しいなら、帰国前に立ち寄るイタリアでなら買ってきてやってもいいと……そう兄妹に伝えておいたことが、よくなかったのかもしれない。 もしも海外選手になれるとしたら、どの国でプレーしたいかを基準にし、俺が大学の第二外国語で履修したのはイタリア語だ。その分、買い物はスムーズにできるし特に不自由は感じないけれど。 華の土産を買った後は、遊馬に頼まれた酒を買わなきゃならないし、帰国する前に一気に荷物が増えることを俺は覚悟して。兄妹のなかで唯一、飛鳥だけが土産の話をしなかったことを思い出し、俺は心做しか自分の上司に感謝する結果になっていた。

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