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第741話

長いようで短い。 ……いや、やっぱり長かった半年間。 ホームシックにかかり眠れぬ夜を過ごした日々や、酔った上司を介抱して知りたくなかった事実を知ったこと。気色悪い研修生に絡まれたが、ソイツとは地味に親しくなったこと。 様々な出来事があり、その度に浮いたり沈んだりを繰り返して。なりたい自分に近づけたのかは不明だが、俺は無事に帰国の時を迎えていた。 「日本着いたら時差ボケとかヤバそうだし、雪夜クンと離れるのはとっても寂しく感じちゃうけどさ。研修生じゃなくなったら俺の方が先輩だからね、新入社員クン?」 「だからなんだっつーんだ、お前は柊だろ。上とか下とか関係ねぇーし、俺らまず会うことねぇーと思うんだけど」 フライト中の機内、俺の隣でしゃべり続けているのは柊だ。日本各地にあるスクール、それぞれ地方から集まった俺たち研修生は、帰国してしまえば滅多に顔を合わせることがなくなる。 柊はそれを寂しく思うらしく、ここぞとばかりに話し掛けてくるのがウザい。 「海外研修組は、結構頻繁に本部でのミーティングとか参加しなきゃならないらしいから。最低でも年に三回は顔合わせることになるよ、その時は俺の方が先輩だって話」 「くだらねぇープライド持ってると大変だな……まぁ、先輩だとは思ってねぇーけど、なんかあったら連絡すっかも」 「情報交換はしていきたいね。担当する地域が違うと、ある程度やり方も変わってくるし。仕事の話以外でも、キミが望むなら俺は何時でもお相手するつもりだから」 「仕事以外でお前に用なんてあるワケねぇーだろ、アホも大概にしとけや」 寂しい、早く帰ってこい白石って。 研修中何度も連絡をよこしてきた康介より、スペックは高い柊だが。コイツらやっぱ似たようなもんだと、俺はそんなことを思いつつ時が過ぎるのを待つ。 文明の利器に乗っていたって、帰国までに掛かる時間は長い。そこから新幹線に乗り、自宅からの最寄り駅に着いたとしても……星に会えるまでは、まだ長い道のりのような気がして。 行きより帰りの方が、感覚的に早く感じるってヤツもいんのかもしんねぇーけど。今の俺はその逆で、1分1秒が物凄く長く感じてしまう。 俺の帰国日は、知っている星くんだが。 その詳しい時間も、本当の帰国日も俺はアイツに伝えていない。俺が土曜日の夜に帰ってくると思い込み、俺の家で大人しく待っていると連絡をくれた仔猫さん。俺の嘘を信じてくれる、可愛い恋人に早く会いたい。 俺が仕掛けた、小さなサプライズ。 ずっと俺を待っていてくれた星くんに出来ることは、このくらいしか見つからない俺を許してほしいなんて。今はそんなことを思っていても、会ってしまえば言葉より先に触れ合ってしまうんだろうと思った。 高校のテストが終わる金曜日の夜から、俺の言いつけをきちんと守り俺の家でステラを抱いて過ごすはずの星くん。きっと成長した姿で俺を待つ愛しい相手は、今日この日に俺が家に帰ることをまだ知らずにいる。

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