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第742話
「長い研修期間でしたが……皆さん、本当にお疲れさまでした。ここで解散となりますが、自宅に戻りましたら各スクールのヘッドに一報をお願いします」
無事に日本の地に降り立った俺は、そう言って安堵したように微笑む竜崎さんを見る。俺、この人と半年間同じ部屋で過ごしてたのかって……そんなことを思うと無性に笑えてくるのは、きっと俺だけなんだろう。
「また近いうちに会おうね、雪夜クン」
「そのうちな」
俺と真逆の方向に帰宅する柊とは、ここでお別れだ。コイツと俺がこんなふうに話すようになるなんて、研修初日に顔を合わせた時は誰も思わなかっただろうに。
日本に着いたら真っ先に飲みに行こうと柊に誘われたものの、俺がその誘いを断ったために機内で散々喋り続けられ、俺は寝ることも出来ずに柊の話を聞いていた。
それが幸をそうしたのか、思いの外あっさり別れを告げた柊の背中を俺は見送って。
「白石コーチ、お疲れさまでした。今後のシフト等についてはまた後日調整して連絡するようにしますので、今日から1週間はゆっくり過ごしてくださいね」
「ありがとうございます、竜崎コーチ」
「僕は本部に寄ってから帰りますが、雪君も他の研修生同様、帰宅後の連絡を忘れずにお願いします。それと、あと何か伝えておくことはあったかな……んー、思い出せないのでとりあえずこれで」
「お疲れさまでした、ではお先に失礼します」
落ち着きなく姿を消していく竜崎さんとも挨拶を済ませ、俺も自宅を目指して帰路を急ぐ。
その途中で俺にとってはなくてはならない煙草を買ったりしつつ、やっとの思いで辿り着いた我が家に足を踏み入れた俺は、まだ家にはやってきていない星を待つことにした。
半年ぶりの自分の部屋は、俺が研修に行く前と何一つ変わらない。強いて言うなら灰皿に吸殻がないことくらいで、星くんが部屋の掃除をしてくれていたことがよく分かる。
やっぱ、我が家っていいわ……なんて、しみじみ思いながら星と揃いの時計を見れば、そろそろ可愛い仔猫さんが現れるくらいの時間になっていて。
俺がここにいるなんて露知らず、合鍵を使い部屋の中へと入ってきた星くんは、玄関先で立ち止まったまま動かなくなってしまった。
「おかえり、星くん」
着慣れた制服姿の男の子。
冬服のジャケットはボタンを閉めず、中に着込んだカーディガンを覗かせて。少しだけ伸びたように思える身長も、長い前髪で隠れた表情も。俺は、その全てが愛おしく思えるけれど。
「え、ウソ……なんで、雪夜さん?あれ、幻覚?あれ……あれ?」
仕掛けたサプライズに頭を悩ませ、今日も天然記念物ぶりを発揮してくれた星は、やっぱりまだ動かない。
そんな姿が物凄く可愛くて。
俺の方から星を抱き締めにいってやれば、何も言わなくても俺だと分かったらしい星くんは、嬉しさと安堵を通り越したのか、声も出さずに泣き始めてしまった。
ずっと会いたくて、こんなふうに抱き締めてやりたくて。それは星も同じだったんだと、零れ落ちていく涙を拭ってやりつつ俺がそう思った時。
「おかえりなさい、雪夜さん」
俺を見上げ微笑んだ星は、そう呟いてくれたから。
「星、ただいま」
二人で交わす何気ない挨拶がこんなにも特別で、額を合わせ笑い合った俺たちは、こうして無事に半年ぶりの再会を果たすこととなった。
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