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第743話

お互いに、話したいことやしたいことは山ほどある。あれほど早く過ぎればいいと思っていた時間が、今は永遠になってほしいくらいに惜しくて仕方がない。 「雪夜さんだ、雪夜さんです……雪夜さんがいます、オレのことをぎゅってしてくれてるのは、雪夜さんなんです」 腕の中で呪文のように俺の名を呟いていく星は、ふにゃりと嬉しそうに笑っていて。 会ってしまったら、触れてしまったら。 欲に負けてがっついてしまうんじゃないかと、俺は内心すげぇー心配していたけれど。靴も脱がずに玄関先で俺に抱き着きっぱなしの星くんは、今が現実だと噛み締めているようで。 「星くん、俺はここにいっから。とりあえず靴脱いで中入れ、このままがいいなら連れてってやっけど」 「……えっと、このままがいいです」 「んじゃ、ちゃんと掴まっとけよ?」 寂しい思いをさせていた仔猫をめいっぱい甘やかしてやりたい俺は、星から靴を剥ぎ取り仔猫を抱えてソファーまで移動する。 「雪夜さんっ、雪夜さんだぁ……」 そのあいだ俺の首に腕を回し、胸に顔を埋めて。くんくんと俺の匂いを嗅いでは、やっぱり嬉しそうに頬を緩める星くん。うちの仔猫さんは、どんだけ俺を確認すりゃ気が済むんだろうと思いつつ、そんな姿に安堵したりして。 星が好きな体制でソファーに腰掛けた俺は、膝の上に乗っている星の額に口付けた。 「雪夜さん、研修お疲れさまでした」 「お前も、よく頑張ったな」 可愛らしい笑顔を見せて労いの言葉を掛けてくれる星くんは、本当によくできた恋人だと思うけれど。星の頬に残る涙のあとが、今までの頑張りを俺に教えてくれるから。 俺はくしゃくしゃと星くんの頭を撫で、幸せそうに目を細めた仔猫を思いきり抱き締める。見ないあいだに成長したのはカラダだけじゃなく、きっと心も強くなったんだろうと。そんなことを考えながら、俺も星から癒しを感じていた時だった。 「あの、雪夜さん……お願いがあるんですけど、オレ雪夜さんから離れたくないんです。どうしたらいいですか?」 そう言って、ちょっとだけ困った顔をして。 星は俺に抱き着いたまま、動こうとはせずに話を続けていく。 「ずっとね、雪夜さんとこうしたかったんです。ずっと、ずっと……オレ、雪夜さんのこと待ってたから」 ……だから、もっと。 いい子にして俺の帰りを待っていた仔猫さんは、小さく呟いた後に俺の襟足の髪に触れ、ソレを指に巻き付けて遊ぶ。その仕草は、可愛いというより色気で溢れていた。 会えないあいだに18歳の誕生日を迎え、俺の知らない間に大人になった星。俺を見つめ柔らかく微笑み、赤く染まる唇は誘うように俺の名を呼んでいくから。 「…ゆきっ、ぁ…ん」 重ね合わせただけの、口付け。 それ以上でも以下でもなく、ただ唇で唇を塞いだ瞬間。俺はこれまで堪えてきた分の欲に、支配されていくのを感じて。さっきまで保てていたはずの理性は、音も立てずにいとも容易く崩れ落ちてしまった。 「はぁ…っ、ん…ぅ」 それでも。 久しぶりだから、なるべくゆっくり。俺だけを求め、瞳を閉じた星に合わせるようにして。俺は深まっていくキスに、想いの全てを詰め込んでいく。

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