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第751話
ここぞとばかりに雪夜さんに甘えて。
お互いの話をする前にオレの要望に応えるために、雪夜さんはベッドから抜け出すと窓を閉めてキッチンへ向かった。
雪夜さんの緩く結ばれた髪や、袖口を捲った腕にドキドキしてしまうオレは、やっぱりどんな雪夜さんもかっこよくて好きだなぁって思ったりして。
なんてことないこの穏やかな時間も、オレと雪夜さんにとっては特別なもののように思えるから。たぶん今のオレは、だらしないくらい頬が緩んでいるんだ。
でも。
よくよく考えてみれば、雪夜さんがいなかったこのお家に料理するほどの食材なんてなくて。強請ってからそのことに気がついたオレは、何もないところから、雪夜さんはどうやって料理するつもりでいるんだろうと疑問を抱くけれど。
「ん、とりあえずこれ飲んで身体温めろ。結構甘いから、星くんには丁度いいはず。ほら、腕伸ばせ」
キッチンからマグカップを持ってやったきた雪夜さんは、温かい飲み物が入ったマグカップをテーブルの上に置く。そして、まだベッドにいるオレをブランケットごと抱き上げると、ゆっくりソファーに降ろしてくれた。
「お前さ、パスタとリゾットならどっちのが食えそう?今ある材料ってか、即席でできそうなのこの二つしかねぇーんだ。買い物行きゃ別だけど、星くんおいて行くのもな」
「それじゃあ、リゾットでお願いします。今日の夜ご飯分くらいはどうにかなりそうですか?オレも雪夜さんと一緒に買い物行きたいんですけど、たぶん今日は動けないから……」
「1週間くらいなら、なんとでもなる。今リゾット食うなら、夜はパスタにすっか?リゾットは何種類かあっから、好きなの選べよ」
そう言って、オレに背を向けた雪夜さんはガサゴソと荷物をあさっているみたいで。オレはそのあいだに、雪夜さんが用意してくれた飲み物を飲んでみることにした。
ほどよく温かいマグカップ、それを両手で持ち、フーっと小さく息を吹きかけて。ほんのり香るほろ苦い匂いを感じながらコクリと一口飲んでみると、優しい甘さが口いっぱいに広がっていく。
「美味しいっ、これ本当にコーヒーですか?」
「甘いだろ、それ。そのエスプレッソもコレも、イタリアのスーパーで買ってきた。星くんへのお土産ってか、お前と一緒に食いてぇーなって思って。なんか気がついたら、すげぇー量買い込んでたっぽい」
テーブルの上にドサッとおかれたのは、食料品の山。即席で出来るリゾットや、あまり見かけない形のパスタ。チューブに入ったトマトペーストに、ドライトマト。オリーブオイルが入った小瓶やら、粉末のチーズやら。
お土産ですって感じのチョコレートや、可愛いらしいお酒の瓶まであって。どれもちゃんと日持ちする食材が並ぶテーブルは、ここだけイタリア一色に染まっている。
オレは雪夜さんにお土産を頼んでいないし、雪夜さんがいるだけで満足だって感じていたんだけれど。二人で並んで料理したり、一緒に食事したりするための物を選んでくれた雪夜さんは、本当にオレのことをよく分かっているんだなぁって思って。
「雪夜さん、大好き」
温かいカップに口を付けてそう呟いたオレのおでこに、雪夜さんは優しいキスをしてくれた。
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