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第752話
「すごい、本当にリゾットだ」
「即席でこんだけの味出せりゃ充分だろ、美味いか?」
水と一緒に煮詰めるだけで簡単にリゾットが出来上がるなんて、まるで魔法みたいだなって。そんなことを思いつつ、オレは雪夜さんと一緒にソファーに腰掛け食事を楽しんでいる。
「プリマヴェーラ?って味はまったく分かんないですけど、すっごく美味しいです」
「イタリア語で、春って意味。グリンピースとか入ってるし、色鮮やかで具沢山だから春っぽいリゾットってことだな」
「じゃあ、このリゾットは春の味なんですね。とっても温かくて、優しい味がする」
ピザとかパスタとか、イタリアンって結構普段から食べ慣れていると思っていたけれど。こうして寒い冬に春を感じる気分は、とても不思議な感覚だった。
二人でゆっくり食事をした後。
雪夜さんが片付けてくれたテーブルの上には、コーヒーが入ったマグカップが二つと、小分けされたチョコレート。それと、雪夜さんの煙草の箱と灰皿が並ぶ。
雪夜さんがいないあいだまったく生活感がなかった部屋は、少しずついつも通りの状態を取り戻していくけれど。テーブルの上に並んだ物を見て、何が足りないと感じたオレは肝心なことを思い出したんだ。
「雪夜さんっ、リュック!今すぐ、オレのリュックとってください!!」
「は?まぁ、いいけど……ってか、なんか前にもこんなことあったな。あれ俺が20歳ん時だっけ?あん時もお前、今みたいに人遣い荒かった気がする」
「今は、荒くてもなんでもいいんです!」
色々と呟きつつも、オレにリュックを手渡してくれた雪夜さんは、食後の一服をするためにオレの隣で煙草の箱に手を伸ばしていく。
「あっ!待ってっ、待ってください!!」
オレはその雪夜さんの腕を掴み、一人で慌てふためきながら片手でリュックの中にある物を取り出していた。
「星くん、どーした?待っててやっから、とりあえず落ち着け。お前は、ナニをそんなに慌ててんだよ?」
オレの瞳を覗き込み、そう言ってオレの頭をよしよしって撫でてくれる雪夜さんは、きっとオレが気づいたことにまだ気がついていないんだと思う。
雪夜さんに会ったら、本当は一番最初に渡さなきゃならない物だったのに。オレも雪夜さんも、触れ合えることが嬉し過ぎてすっかり忘れていたことがあるんだ。
雪夜さんと離れる時、オレが雪夜さんから預かった大切な物。寂しい時、苦しい時、不安な時……雪夜さんを感じさせてくれる、大事な大事なお守りのような物。
雪夜さんにとって大切な物は、この半年の間でオレにとっても大切な物へと変わったけれど。オレがお守り代わりとして持っているだけじゃ、本来の役目を果たせないから。
ずっと、雪夜さんに使ってもらえる時を待っていたソレを握り締め、オレは落ち着いてきた心で深く息を吸って小さく小さく吐き出した。
「……雪夜さん、おかえりなさい」
雪夜さんの淡い色の瞳を見つめ、そう言って微笑んだオレは手の中に握った物を雪夜さんにそっと差し出す。
何が足りないと思った物は、いつも煙草の箱の上に置かれるシルバーのジッポだったんだ。
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