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第761話
「こっちが華ので、そっちが兄貴の」
リビングにあるテーブルの上に土産が入った紙袋を置き、どっちの土産が誰のものかを説明して。ここまで来るのに歩いて寒さが和らいだため、俺は首に巻いていたマフラーを取り、コートを脱いでいくが。
「……すげぇ痕、引くわ」
「うっせぇーよ、穴だらけなお前の身体よりマシだ」
星くんに噛みつかれた首筋の痕を見た遊馬は、苦笑いを洩らしながら煙草に火を点けていく。耳、首筋、鎖骨のすぐ下にある二つの小さなボディピアスは、遊馬が車以外で唯一大切にしている物。
「俺が開けたくて、開けたワケじゃねぇ……っつーか今更だろ、んなくだらねぇこと話に来たなら帰れ」
「車くれりゃな、言われねぇーでもとっとと帰るけど」
「さすが雪、鳥との違いはその聞き分けの良さだ」
多くを知っているわけではないが、遊馬は飛鳥と違い女遊びをしない。ただ、遊馬が高校生だった時にたった一人だけ付き合っていたヤツがいるのは俺も知っている。
その頃からピアスが増え始め、元々はバイク好きだった遊馬が車に惚れ始めたことは記憶にあるけれど。その相手とどうなったのかは知らない、というより俺は興味がなかった。
部屋に充満していく、強いメンソールの香り。
俺とも飛鳥とも異なる匂いは、遊馬が好む煙草の煙で。あの飛鳥すら、遊馬は隙がないと洩らすくらいに、この兄貴は掴みどころがない男だと思った。
機嫌が悪いわけではなさそうな遊馬は、土産の袋の中身を確認し、煙草を吸い終えると俺に車の鍵を差し出してくる。
「ん、お疲れさん」
普段から言葉数が少ない遊馬が、こうして労いの言葉を掛けてくるのは珍しい。差し出された鍵と、そこはかとなく感じる遊馬からの優しさを素直に受け取った俺は、部屋の中を見渡した。
広いリビングには、俺がいなければ遊馬一人きり。忘れていた華の存在が気になった俺は、遊馬にこう問いただす。
「兄貴、クソアマは?」
「華なら、モデルの仕事で遠征しに行った。アイツ今、ハワイにいる」
「は?」
寝耳に水とは、まさにこのこと。
星より歳が一つ上の妹は、今年の春から大学に通い、それはそれは楽しい学生生活を送っていると飛鳥からは聞いていたけれど。
「鳥から聞いてねぇのか、うちのお華坊は今年の夏にモデル事務所からスカウトされたらしいぞ」
「聞いてねぇーってか、それ大丈夫なのかよ?」
「知らねぇ、興味ねぇ、どうでもいい」
「あー、それでこそ俺の兄貴」
本当に興味なさそうな遊馬の態度に、俺の気怠さはこの男から受け継いだものなんだと思い知る。
「鳥が何も言わねぇってことは、大丈夫なんだろ。あのアホウドリ、仕事だけは出来る野郎だからな」
「まぁ、それ以外はクズだからな」
「自分の仕事に支障が出ねぇって分かってっから、鳥は華を好きにさせてんだと思う。うっせぇのが家にいなくて、俺は幸せだ」
「そりゃ良かった」
兄妹と言えども、それぞれ異なる人間なのは当然のことで。皆が皆、好き勝手やってる俺の兄妹たちは過去の柵から解放され、各々が好きなように生きているのだと実感した。
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