762 / 952
第762話
「クズ臭ぇー、最悪……って、なんだコレ」
ある程度話も終え、二度寝するからと遊馬に家を追い出された俺は、家のガレージにある車に乗り込むと、車内に漂う飛鳥の香水臭さに鼻を顰めていた。
爽やかに香る、大人の匂い。
香水本来の匂いは嫌いじゃないが、あの男がつけているものだと思うとそれはクズの匂いに変わる。
そんな飛鳥臭い車内の空気を入れ替えるために窓を開けた俺は、ダッシュボードの上に置かれていたファッション雑誌を手に取った。
表紙はモデルではなく、その辺の女優が飾っていて。それを彩る言葉を見た俺は、呆れ返ってしまった。
いい女、モテる方法、美人に見えるとっておきのメイク術……そんな言葉が並ぶ雑誌は、男子禁制の情報ばかりで、埋め尽くされているんだろう。
俺は、男に産まれただけで幸せなのかもしれない。例え愛する相手と一般的な幸福を得ることが出来なくても、女がする苦労を味わいたくはない。
自分の顔を偽る女と、そんな女に騙される男。
どっちもどっちだなんて思いながら、興味なくペラペラとページをめくっていくと、俺の手はある特集ページを開いたまま止まった。
「……最近の加工技術はすげぇーな」
見開いたページの中にいるのは、紛れもなく華だったから。誰に向かい微笑んでいるのか分からないが、その笑顔はそれなりに様になっているけれど。
いくら着飾っても、このクソアマが俺の妹だということに変わりはない。飛鳥はきっと、それを知らしめるためにわざわざ雑誌を車内に置いていったのだろう。
そして、もう一つ。
俺が手を止めたのには、理由がある。
「ったく、洒落たことしやがって」
雑誌の間に挟まっていた、真っ黒な封筒。
その中身を確認した俺からは、思ったことが声となり呟かれていった。
封筒の中に入っていたのは、スタイリッシュなデザインの紙切れ一枚と手書きのメモが一枚。
夜景が一望できるレストランだから
子猫ちゃんとのデートに最適
頑張った二人にお兄様からのプレゼント
ありがたく受け取れ
クソガキ
……最後の一文は余計だ、アホウドリ。
駅前のビルの最上階にあるレストラン。この食事券は一体いくらするのか、考えるだけで溜め息が漏れていく。
そう思いつつも、結局ありがたく受け取ることにした俺は、いちいち格の違いを見せつけてくる飛鳥の行動に劣等感を覚えながら、小さな笑みを洩らして。
スラックスのポケットの中に突っ込んでおいた煙草を咥え、車のエンジンをかけた後、俺の手に戻ってきたジッポで煙草に火を点けていく。
風に流され揺れる紫煙、この一本を吸い終わる頃にはランの店に辿り着く。今日の半日の出来事を思い返し、嬉しいような、嬉しくないような……なんとも表現し難い心の内を宥めるように、煙を吸い込んでは吐き出してを繰り返し、俺は運転に集中した。
久々の運転でも、鈍った感覚を取り戻すのにそう時間は掛からないが。早く星くんの元に行きたくても、焦りは禁物で。俺の前を走るトラックの後ろを、俺はただ流れに任せて走っていくだけだった。
ともだちにシェアしよう!

