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第765話

雪夜さんには仕返しされて、ランさんには騒がれて。恥ずかしさのあまり拗ねっ子モードに入りそうなオレに、雪夜さんはランさんが厨房に入った隙を狙い、ランさんからは見えないように右手の人差し指を貸してくれる。 オレの頭を撫でるフリをし、きゅっと曲げられ差し出された指は、噛みついていいよってオレへの合図だから。首筋に顔を埋めたまま、オレは遠慮なく雪夜さんの指に噛みついて。 こんな時、前髪が長いって便利だなぁ……なんてことを思いつつ、着火寸前だったオレの幼い心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。 オレと雪夜さんのやり取りを見て、はしゃいでいたランさんも同様で。厨房から戻ってきたランさんは仕事の疲れを吹き飛ばしてくれてありがとうって、いつもの笑顔で笑ってくれたんだ。 落ち着いていた空気感を乱したのは、元はと言えばオレが全部悪いんだけど。大人な二人の優しさに包まれ、機嫌を損ねずに済んだオレは、雪夜さんから離してもらうと隣の席に腰掛けた。 「さて……星ちゃんも席に着いたことだし、やっとデザートの時間ね。お疲れさま、星ちゃん」 ランさんにそう言われ、カウンターに置かれたのは、真っ白な四角い形のお皿の上に盛られた丸い形のチョコレートケーキ。 「やった!当たった!!」 「星くん、すげぇーじゃん」 「……あら、どういうことかしら?」 ケーキを一目見て予想が当たっていたことに喜ぶオレと、そんなオレを見て微笑んでくれる雪夜さん。ランさんだけが不思議そうな顔をして、オレと雪夜さんを見比べていて。 「お前がパンテリングしてたの見たから、今日のデザートはチョコレートケーキだって星が予想してたんだよ。クリスマス前の試作ケーキを出してくんじゃねぇーかってな、星くんの予想的中ってワケ」 オレの代わりに説明してくれた雪夜さんは、ランさんに向かい何処か怪し気な表情をしていた。 「大正解ね、その通りよ。お菓子作りは趣味みたいなものだから、メニューに載せないものがほとんどだけど……クリスマスはもう既に予約が入っていたりするし、可愛いらしいものを作りたいと思って」 「とっても可愛くて綺麗で、食べちゃうのがもったいないです。このチョコレート、すごく素敵……ツヤツヤで、キラキラしてる」 「このケーキは星ちゃんと一緒に、完成形までもっていきたいと思っているの。だから素直な感想を言ってくれて構わないわ、遠慮なく召し上がれ」 「いただきます!」 ケーキを前にし目を輝かせているオレは、雪夜さんとランさんに見守れながら最初の一口を頬張っていく。 「美味い?」 「うんっ!あ、でも……ただのチョコレートケーキじゃなかったです。なんかね、ふんわりオレンジの香りがするんですよ。口当たりは物凄く滑らかで、幸せいっぱいで思わず溶けちゃうような感じです」 「あー、なんとなく言いたいことは分かった。誰も取ったりしねぇーから、好きなだけ堪能してけ」

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