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第766話
宝石のように、光り輝くチョコレートケーキ。
既に完成された出来栄えのものに、オレが口を出すのはどうなんだろうと思うけれど。
「星ちゃん、どうかしら?」
ランさんからの問い掛けにオレが答えようか迷っていると、隣にいる雪夜さんがオレより先に口を開く。
「思ったこと言えよ。ランのこと尊敬してんなら遠慮すんな、星くん」
的確にオレの背中を押すひと言をくれた雪夜さんは、煙草を咥え微笑んでくれて。雪夜さんの言葉に頷いたランさんは、オレの答えを待っているから。
「とっても美味しくて、これだけでも充分だと思うんですけど……クリームで使っているオレンジピールを、飾ってみるのはどうでしょうか?」
オレの声だけが響く店内。
イメージを言葉にするのは難しくて、でも伝えたくてオレは必死になっていく。
「砂糖漬けのオレンジピール、悪くないかもしれないわ。どう彩るかが悩みどころね、星ちゃんの中ではイメージ出来てるかしら?」
「せっかくのクリスマスケーキだから、クリスマスカラーで赤を使ってもいいと思うんですよ。例えば赤ワインにつけて、オレンジの色合いをほんのり赤く染め上げてみるとか……優しい大人な味のチョコレートに、ワインの渋味はアクセントとして活かせると思うんです」
「……ワインか、この店らしいかもな」
「お店の雰囲気も大事ですし、クリスマスって少し背伸びしてみたくなりませんか?どんな気分で、お客様がいらっしゃるのかは分かりません。でも、きっと少しだけ特別な日の食事になると思うから……」
一度喋りだしたら、止まらなかった。
ランさんと二人でケーキの話を真剣に語り、紙とペンも借りながらオレの中のチョコレートケーキを形にしていくあいだ、雪夜さんは黙ったまま傍にいてくれて。
細部までこだわったオレの考えを、驚きと期待を含んだ表情で受け入れてくれたランさんは、二人で練ったイメージを形にすると約束してくれたんだ。
「お客様のことや、このお店の雰囲気まで考えてここまでの意見を出してきてくれるとは思ってなかったわ。雪夜、貴方の恋人の未来は明るいわよ」
「正直、俺も驚いた。すげぇーな、お前」
いっぱい、いっぱい話した後。
雪夜さんにくしゃくしゃと頭を撫でられ、ランさんに温かいカフェオレを淹れてもらったオレは、二人に褒めてもらえたことが嬉しくて、ふにゃっと緩んだ顔をしてしまうけれど。
「予想も的中して、こんなに素敵なアイディアを出してくれた星ちゃんには、なにかお礼をしないとね」
「お礼なんてそんなっ……こちらこそ、オレの意見を聞いてくれて本当に嬉しいです。ランさん、ありがとうございます」
「貰えるもんは貰っとけ、星くんがいらねぇーなら俺が貰う。なぁ、ラン……お前の本名って、なんてぇーの?そろそろ、教えてくれてもいい頃なんじゃねぇーのか?」
雪夜さんが言ったこの質問が、和やかな空気感を一変させていく。
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