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第771話

火の点いた煙草と帰国祝いらしい缶コーヒーを手に、お互いその缶を軽くぶつけた俺と康介。 「白石、お帰りッ!!」 「ん、サンキュー」 これが酒ならどれほど良かったかと思うが、なんとも康介らしい安っぽい祝いの仕方に笑みが洩れていく。ゆっくり沁みていくコーヒーの味、吸い慣れた煙草の煙は風に流され宙を舞う。 「お前が戻ってきたら一緒に吸いたかったんだ、白石がいない半年は地獄だったんだぜ?」 「単位落とすやべぇ、マジやべぇ、白石いねぇし、何やってんだよアイツ、的な地獄だろ?」 「え、なんで分かんの?」 「逆に他の地獄なんてお前にねぇーだろ、どうせ女もいねぇーんだろうしな。ご愁傷様、バカ」 「バカバカ言うなよっ!あー、でも……お前にバカって言われると、白石戻ってきたんだなぁって感じするわ。やっぱいいな、白石が隣にいんのっていい」 吸い慣れない煙草の煙を浴びる康介は、立ちっぱなしの俺の横で座り込むと、俺を見上げ心底嬉しそうに笑うけれど。コイツに構ってやれんのなんか今の内うちだけだと思いつつ、それが惜しくも感じたりして。 「そのうちいなくなるけどな、年明けたらあっという間に卒業だし……ってかさ、お前就活どうなってんだよ、体育教師の夢はどうした?」 先があるということは、期待もあれば不安もある。各々に選択が迫られ、時に挫折を味わいながら俺達は大人になっていくけれど。 「白石、俺は浅井康介様だぞ?教員採用試験、全部落っこちたに決まってんだろ!!」 寒さに負けないくらい威勢よく声を荒らげ、俺を見る康介に俺は苦笑いした。 「威張って言うことじゃねぇーからな、お前は本当に俺の期待を裏切らねぇーヤツだわ」 「だろ?必死こいて行った教育実習先は男子校だったし、俺の夢は夢で終わったんだ……ホント地獄だった、うるせぇし、汗臭ぇしよぉ、男のケツなんか興味ねぇっつーのッ!」 女子高生見たさだけで教育実習を希望した康介は、その夢すら叶わなかったらしい。項垂れつつ煙草の火を消し、一気にコーヒーを飲み干した康介は、設置されているゴミ箱に空き缶を投げ捨てた。 「いい思い出できてよかったじゃねぇーか、それなら一生忘れねぇーだろ」 「忘れてぇよ、あんなもん。もう俺さ、ショップ店員やることに決めたんだ。お前が辞めた後に売り上げ落ち込んで、そん時にサークルのOBとか捕まえて顧客ゲットしたんだよ。そっからバイトリーダーになって、来年の春には契約社員らしいから」 「正社じゃねぇーってとこが、お前らしいわ……んじゃ、このままあのショップに居座んのか?」 「そうなると思う。だからさぁ、白石ぃー、卒業後は俺のお得意様になってちょ?」 「お前が卒業出来たら考えてやるよ、最新のスパイクカタログくれ。社割で買ってやっから、残りお前持ちな」 「ふざけんじゃねぇッ!!白石の方が俺より稼ぎよくなるくせにッ!!」 キャンキャン吠える康介は、そう言いながらも笑っていて。その笑顔に助けられている俺がいることに、コイツは気づいてないんだろうと思った。

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