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第772話

無計画でも、なんとなくで生きていける。 そんなある意味幸せな頭の持ち主、康介との時間を過ごし、補習を受け終わった俺が足を運んだ先は、優に指定された待ち合わせ場所だった。 店の駐車場に車を駐め、着いたことを知らせるためのLINEを送ると、優からは店内にいるとすぐに返事がきて。仕方なく腹を括り、車から降りた俺は店の門をくぐる。 全席個室、各部屋隔離された空間の居酒屋。 落ち着いた雰囲気の店を選んだ優は、どんな内容の話をする気でいるんだろうか。 洩れていくのは溜め息ばかりで、店員に案内された部屋の前でまた一つ息を吐いた俺は、ゆっくりと開いていく襖が永遠に開かなければいいのにとさえ願ってしまうけれど。 「……久しぶりだな、雪夜」 時を止めようにも止められず、俺の視界に映り込んできた優は、今にも死にそうな顔をしていて。 「大丈夫、なワケねぇーか……執事が掟破りすんなんて前代未聞だぞ、優」 ほんの僅かな可能性に賭け、俺の後ろから悪魔が登場してくんじゃねぇーかとか、巧みな手口のドッキリだったら良かったのにとか、無駄に考えたが。 現実は、悲惨だ。 「執事が不要になったら、掟破りも何もないさ。そのうち消えてなくなる関係だ……話が少し長くなる、とりあえず座ったらどうだ?」 「……なぁ、帰っていい?」 「そう言いながら、帰る気がないのは知っている。気を遣わせてすまないが、お前には話さなくてはならないことがある。雪夜、今日は来てくれてありがとう」 「ん、どーいたしまして……っと」 やけに素直な優は気色悪いが、光が傍にいない時のコイツはそれなりに礼儀正しいヤツだから。そこに違和感を覚えるということは、優と光は二人でセットだと俺が認識している何よりの証拠だと思った。 腰掛けた座卓の上で胡座をかく俺と、今から切腹でもすんじゃねぇーかと思うくらいに姿勢正しく正座している優。この違いが気持ちからくるものなのかは不明だが、部屋の空気は変わらず淀んでいるのは明らかだった。 腹は空いていても食事する気分にはなれず、かと言って酒を飲むことも出来ない。けれど、ここは居酒屋だ……適当に何品かつまみ系のものを注文し、料理が盛られた皿とウーロン茶を眺めお互い無言のまま時間だけが過ぎていく。 「さて、早速だが本題に入るとしようか。今から俺が話すことは、主に光についてのものになる。本来なら、光の口から話すべきことだとは思うが……」 ゆっくりと口を開き、沈黙を破った優。 続かない言葉の先にある意味を受け取り、俺はこの無表情な男がどれほどまでに追い詰められているのかを悟った。 「好きなように話せ。優、これも光のためだろ……長い間、待たせて悪かったな」 俺から告げた詫びに、優は一瞬だけ笑みを浮かべる。優が限界だと俺に洩らしたあの時、まだ季節は夏だった。光と優のことは、はやり時間が解決してくれる問題ではない。 「お前が謝罪する必要はないさ。俺には光を守り抜いてやれる力がないだけだ、雪夜が気に病むことはない」

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