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第774話

「……言葉で伝えられない愛情を、俺たちは服従関係を築くことで伝えあってきた。愛される資格がないと思っている光に、愛していると告げることは出来ないからな」 指の腹で眼鏡を押し上げそう言った優は、俺の目を見ようとはしないけれど。徐々に明かされていく二人の想いは、感じ取ることができて。 自分が誰かを愛することも、愛されることも光には苦痛だったのかもしれないと。幸せを手にしてはいけないと思っていても、すぐ傍にある優という幸せがアイツにはあるのだと気付かされていく。 「愛情の共有の代わりに、光が抱える苦痛を共有することが、俺たちの愛の示し方だった。だからこそ俺は、光の我が儘をきいてやることに専念していた……それしか、出来なかった」 失うことを恐れた二人。 いつか手放すであろうその手を取り合い、傷を傷で埋めていくうちにお互いが依存し、深みへと落ちて。 王子と執事なんて馬鹿げていることを承知で、その関係性を築き上げてきたコイツらは、一体どれほどまでの愛情をそこにひた隠してきたんだろうか。 「お前らが、なんで別れようとしてんのかは理解できた。本当言うならしたくねぇーけど……でもよ、何も別れなくてもいいんじゃねぇーの?」 堪えきれずに咥えた煙草に火を点け、そう尋ね た俺の言葉に優は首を横に振る。 「青月家は二人兄弟、どちらも想う相手が男なら、両親は一生孫の顔が見られない。望まない結婚をしてでも、光は罪を償いたいと思っているから」 新しい命を授かること。 それが光にとっての償いなら、相手が優じゃ不可能ってことは百歩譲って分かってやるとしてもだ。 「そんなもん、相手がいてもお前ら上手くやってけんじゃねぇーのか?カモフラ得意だろ……星を理由にして別れるなんて、んなコト俺は許さねぇーぞ」 光の過去は変えられないが、未来なら変えられる。どんな理由があるとしても、コイツらは絶対に離れてはいけない二人なのに。 俺が口出しすべきことじゃないと分かっていても、黙って聞くことなんて俺には出来なかったが。 「確かに、そんな話を光と何度もしたことがあった。だがそうしてしまうと、耐えられなくなるのは光の方だ。正直、寺はどうにでもなる。縁切りしたっていいわけだからな……ただ、光の想いは変えられない。星君がお前を選んだ時から、俺達が別れることは決まっていたんだよ」 「なんだ、ソレ……」 結婚は、子供は……なんで星なんだって、俺にそう訊いた光の声が頭の中に響いていく。自分の人生まで賭けやがって、賭けに負けてんのは俺の方じゃねぇーかよ。 「別れる運命にあったとしても、雪夜には俺と光が手を取り合っていた時間があることを知っていてほしかった。俺達の関係が、たった一人でも誰かの記憶に残りさえすれば、報われない愛情も無駄ではなくなるからな」 「お前は、本当にそれでいいのかよ。そこまで愛しく想う相手を、手放すのはちげぇーだろ。光にはお前が必要なんだ……いくら光の想いを尊重してるからって、そこは歯向かってやれよ」 「もう幾度なく歯向かってきたさ……それでも、光の気持ちは変わることがない。愛していると言葉で告げることなく、俺達はお別れだ」 「優……」 「俺達の分まで、雪夜は星君と幸せになってくれ」

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