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第776話

俺の意見に応えることはせず、優は無言のまま薄らと笑みを浮かべる。それはまるで、光への愛を囁くかのような暖かく柔らかな微笑みだった。 これが報われない愛情だなんて、俺には思えない。ほんの僅かな可能性にかけているからこそ、優は今日こうして俺をこの場に呼んだのだろうと思った。 隠し通しておけば良かった話をわざわざ俺にしたってことは、優自身が光との別れに納得していない何よりの証拠となる。それはきっと、今日に限ったことではないんだろう。 二人の関係を、光と優は星にも告げているから。もしかすると、光はあの時から俺たちに小さなサインをずっと送り続けていたのかもしれない。 光は心の何処か奥底で、優と別れずとも生きていける未来を望んでいる。それを可能に出来ない理由があるならば、俺は光の幸せを願う星くんのために動くまでだ。 人生は、楽しいことばかりじゃない。 綺麗事をいくら述べたって、辛く苦しい日々は存在する。お互い言葉が足りず、触れることを恐れて、俺と星はすれ違いも経験した。眠れぬ夜を過ごなさきゃならない怖さに怯えて、夢を追いかけることを諦めかけた時もあった。 けれど、最後には笑って。 各々の幸せを掴み取ればいい。 例え、それが険しい道のりだったとしても。 俺も星も、独りじゃないから。 躓いたら、立ち止まって。 また前に進めるようにと、手を取り合い一歩ずつ歩いていけばいい。道に迷った時は、二人で悩んで答えを出せばいい。 どんなことがあっても、ふたりで。 俺と星はそうやって、今までの日々を越えてきたのだから。だから、だから大丈夫なんだと……今は無力な自分に言い聞かせ、心に感じる迷いに蓋をする。 複雑に絡み合った糸は、そこに関係する人間全員の手で一つ一つ丁寧に解いていく以外に道はない。俺が星の両親とどのようにしてコンタクトを取るか、どんな言葉を並べて星にこの事実を告げるのか。 正直、問題だらけで何処から手をつければいいのかすら分からずに、俺は頭を悩ませながら煙草の煙を吐き出していくけれど。 「……人に無関心で性欲の塊だった雪夜が、難しい顔をしていると笑えるな」 少しだけ生気を取り戻したらしい優は、考え込む俺を見て楽しそうに目を細める。なんとなく悔しく感じてしまうが、優にも余裕なんてものはないだろうから。 「褒めてんだか貶してんだか分かんねぇーぞ……ったく、最初からその顔して会いに来いや」 ……かと言う俺にも、余裕なんてもんはねぇーけど。 張り詰めた空気が徐々に穏やかなものに変わり、苦笑いと言うなの友情を交わして。 「俺が褒めているのはお前ではない、星君だ。星君に出逢う前の雪夜なら、俺の前でこんな顔をしないだろうからな……だが、今のお前を貶すような奴はいないと思う。雪夜、本当に感謝する」 「全部が丸く収まってから、その言葉は受け取ってやる」 「ああ、そうだな」 お互い多くを語らずとも、目指すべき道は同じだと判断した俺たちは、今後どのようにして愛する人を幸せへと導いていけるのかを懇々と話し続けていた。

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