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第777話

【星side】 雪夜さんが日本にいるってだけで、心が満たされるのはどうしてだろう。 ランさんの過去を知り、気持ちが落ち込んでしまっても。雪夜さんが傍にいてくれた週末は、とても穏やかに過ぎていったから。オレはオレらしく、今自分が出来る精一杯のことをしようと思えて。 そろそろ冬休みに差し掛かる、12月の中旬。 月曜日の学校帰り、オレは駅でオレを待つ人の元へと急いでいた。雪夜さんと一緒にいた日曜日の夜、俺ともデートしよってLINEしてきた兄ちゃん。 デートならオレじゃなくて優さんとすればいいのにって内心思いつつ、オレは駅を行き交う人の波に揉まれながらも我が儘な王子様の姿を見つけ駆け寄っていく。 「待たせてごめんね、兄ちゃん」 「そんな待ってないから大丈夫、ユキちゃん帰ってきて良かったね。そのマフラーの下、凄いことになってそう」 夏休みのあいだ、兄ちゃんとはちょっとだけ険悪な雰囲気になってしまったけれど。オレの前にいる兄ちゃんは、そんなことを感じさせないくらいに優しく、そしていやらしく微笑んで。 「……マフラーは取らないから平気だもん、それより今日はどこ行くの?」 はたから見たら寒さ対策で巻いているマフラー、でも本当は首筋に散らばる雪夜さんの独占欲を隠す目的だったりして。なんでもお見通しの兄ちゃんにそのことを言い当てられたオレは、小さな肯定を示しながらも話題を変えようと必死だった。 「んー、どこ行こっか?」 「決まってないの?」 デートしようって誘われたから、兄ちゃんはどこか行きたい所があるんだって。オレはてっきり、そう思っていたのに。兄ちゃんから返ってきた答えは、兄ちゃんらしくない無計画なもの。 「カフェでのんびりするのもありだし、ショッピングするのもありなんだけど。なんかね、今日はせいと二人でダラダラしたいんだ」 のんびりするのなら、家でも出来る。 わざわざデートって名目で、待ち合わせしてまでしたいことだとは思えないけれど。 「じゃあ、とりあえず駅地下行く?」 目的がないなら、地下に並ぶお店をフラフラ見て回ろうと思い、オレは兄ちゃんに問いかけた。 「うん、なんでもいいよ。俺はせいについてくから、せいは好きなように歩いて?」 「え、あ……分かった」 人混みの中を歩いていくのは、苦手だ。 でも、オレがここから動かない限り動く素振りを見せない兄ちゃんに痺れを切らし、オレは仕方なく地下へと足を進めていく。 隣に並ぶことも、オレの前を歩こうともしない兄ちゃん。オレのすぐ後ろを歩いているんだろうけれど、兄ちゃんとの距離はどこか遠く感じて。 地下へ行くためのエスカレーターに乗るまでのあいだ、オレは何度も後ろを振り返り、兄ちゃんがついてきているかを確認していたんだ。 そして。 「……大きくなったね、せい」 小さく呟いた兄ちゃんの言葉に、この時初めてオレは兄ちゃんの前を歩いているんだって実感した。今までは何時だって、オレの前には兄ちゃんがいたんだってこと、オレは兄ちゃんの背中を見て育ったんだって。 どんな時でも。 オレの手を引いて歩いてくれた兄ちゃんは今、オレの後ろでどんな顔をしているんだろう。

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