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第778話
笑顔には、色んなものがある。
笑った顔といっても、本当に楽しくて笑ってしまうこともあれば、嬉しい時や幸せを感じた時に溢れてくるような笑顔もある。
でも。
それとは逆に、困った時に笑うことだってあるし、苦笑いっていうのもあったりする。心と伴った笑顔じゃないことだってあるのだから、作り笑いってこともあるんだ。
だからオレは、昔から笑うのが上手な兄ちゃんを見ていると、兄ちゃんがどの笑顔で笑っているのか分からなくなる時がある。
そしてそれは、今みたいな時。
兄ちゃんがどんなことを考えているのか知りたくて。オレは一旦歩みを止め、オレの後ろを歩く兄ちゃんの表情を伺ってみたんだけれど。相変わらず綺麗な王子様スマイルで微笑んでいる兄ちゃんの気持ちは、表情だけじゃ読み取ることなんてできなかった。
「せーい、行き先決まったの?」
ただぼーっとして兄ちゃんを見つめていたオレは、反対に兄ちゃんから顔を覗き込まれてしまって。地下を目指して歩いていたはずなのに、後ろにいる兄ちゃんに気を取られっぱなしだったオレは、この時やっと下ではなく上へとのぼっていたことに気がついた。
エスカレーター乗る方向間違えたんだって、今頃気づいてもオレにはこれといって決まった行き先なんてものはなくて。
「いや、えっと……そこのお店とか、どうかな?」
くるりと一周辺りを見回し、とりあえずオレは落ち着いた雰囲気のカフェを指差してみる。お茶がしたいわけじゃないし、どちらかと言えばオレは家に帰ってゆっくりしたいけれど。
兄ちゃんと二人きりの時間は、ここ最近物すごく減っているような気がするから。兄ちゃんが希望しているのんびりダラダラできそうなお店かは分からないけれど、オレが提案した場所をあっさりOKしてくれた兄ちゃんは、やっぱり笑ったままで。
兄ちゃんに背中を押されつつ、ちょっぴり緊張しながら足を踏み入れた店内には、ゆったりと寛げそうな空間が広がっていた。
店員のお姉さんに案内され、オレと兄ちゃんは大きくてふかふかしたソファー席へと腰掛ける。四角いガラステーブルを挟んでオレは兄ちゃんと向かい合うと、兄ちゃんの姿をまじまじと見つめて溜め息を吐いてしまった。
「……大丈夫?学校で何かあった?」
オレの小さな変化を見逃さない兄ちゃんは、すかさずオレにそう声を掛けてくれるけれど。
「ううん、そうじゃなくてね……オレ、制服のままこんなオシャレなお店に来ちゃったんだなぁって思って」
オレの前にいる兄ちゃんの服装は、デニムのスキニーパンツ、薄手のニットは黒のタートルネックで、グレーのカーディガンを羽織った大人っぽいスタイルだから。
雪夜さんとは違う、兄ちゃんらしい色気を感じたのと同時に、オレはこの店に不釣り合いなんじゃないかと思ってしまい、思わず溜め息を吐いてしまったんだ。
「せい、制服は一番のオシャレだよ。オシャレっていう感覚とは少し違うかもしれないけど、高校生ってのはそれだけでブランドだからね」
「ブランド?」
「そう、たった三年間しか味わえない特別なブランド」
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