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第779話

それは、どんな高級ブランドよりも価値があるものだって。兄ちゃんはそう洩らしながら、お店のメニューに目を通していく。 「……兄ちゃんはさ、その価値がある三年間をどう過ごしてきたの?数年前までは兄ちゃんだって、今のオレと同じように学生服着て登下校してた時あったでしょ?」 ブランドと言われてもいまいちピンとこないオレは、兄ちゃんにみたけれど。 「そりゃあね、俺も高校生だった時はあったから。でも、今思うと懐かしいなって感じちゃう。学校っていうたった一つの世界で、毎日色んなことが起こって、どうでもいいことで喧嘩したり笑ったりして」 ゆっくりと話し出した兄ちゃんは、思い出のアルバムを一枚ずつめくっていくかのように微笑んで。ずっと変わらないと思っていた兄ちゃんの笑顔は、少しずつ変わっていってしまったものなんだと気づいた。 そして、その微笑みを見たオレの頭の中に浮かんだのは、兄ちゃんの部屋に飾られていた写真。高校生だった頃の兄ちゃんは、今より幼くて……けれどどこか、希望に満ちていたような気がする。 だからきっと。 兄ちゃんが言ってるブランドってのは、本当に些細なことやくだらないことでも本気になれる三年間だってことなんだとオレは思った。 子供でも大人でもない中途半端な時間だからこそ、オレ達は意味もなく笑ったり、意味もなく悩んだりする。そこに全力を尽くしているとも知らずに、必死で今を生きようと足掻いて、疲れた時はなんとなくでも生きていることを悟って。 周りの大人の声に耳を傾けることも、その意見を受け入れることも。言われている言葉の意味は分かっているのに、分からないと心が訴える時もあるし、無駄に反発してみたくなる時だってある。 オレの今は、兄ちゃんの過去。 同級生じゃないんだから、それは当たり前のことだけれど。オレもいつか、兄ちゃんのように今を懐かしむ日が訪れるのかもしれないと思うと、ちょっぴり複雑な気分になってしまった。 「せい、何にする?話しは一旦おいといて、先に注文しないとここにはいられないよ?」 心ここに在らずで、オレの魂が浮遊してしまいそうになった時。お店に来てからメニューも見ないで兄ちゃんを見つめていたオレに、兄ちゃんは苦笑いを洩らしつつメニューを見せてくれて。 「あ、えっと……じゃあ、コレにする」 お腹が空いているわけじゃないし、喉が渇いているわけでもないのに。メニューの中にあったホットチョコレートに一瞬で心惹かれたオレは、その写真を指差した。 「やっぱり、せいはソレにするだろうなって思ったんだ。そういうところは変わらないままだね、なんか安心しちゃった」 「だって、美味しそうなんだもん」 変わっていくもの、変わらないもの。 小さな変化の積み重ねが成長なんだとしたら、変わることは悪いことではないんだろうと思うから。変わらないままの兄ちゃんでいてほしいと思うことは、オレの身勝手な願いなのかもしれないって。 届かない想いを感じつつ、オレは下手くそな作り笑いを浮かべることしかできなかった。

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