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第781話
過去、現在、未来。
こうして考え事をしている時間も、兄ちゃんと過ごしている時間も。コンマ1秒過ぎてしまえばそれは過去となり、すぐに未来がやってくるから。
今っていう時間は、本当に一瞬一瞬刻まれているものなんだと。兄ちゃんの話を聞いてそう思ったオレは、人は生きている限り、前に進むことしか許されないんだなった感じて。
幼い頃は、失敗も怖くなかったのに。
大きくなるにつれて、傷の痛みや後悔を知るようになって。人は知らず知らずのうちに、そうならないように最善策を選びながら前へと歩みを進めていく。
それはきっと、誰しも傷つくことを恐れているからだ。大人になるということは、臆病になることでもあるのかもしれない。
痛みを誤魔化すように笑って、他人には知られぬようにそっと距離を置く。兄ちゃんの笑顔には、そんな見えないバリアを張っているような、人を踏み込ませない力があると思う。
基本的には、誰にでも優しい兄ちゃんだけど。
それって裏を返せば、自分を守るための手段として優しさを用いているだけなのかもしれないってオレは思ってしまった。
だから兄ちゃんは、本当はとても怖がりだったりするんじゃないかって……自分のキャラクターを確立して、王子様として立ち居振る舞い、上手く本心を隠しているんだろうって。
あくまでもオレの仮定にしかすぎないけれど、この考えは当たっているんじゃないかと思えてならなかった。
だって。
オレの前にいる兄ちゃんは今、無表情だから。
まるで電池が切れた人形のように、ただ一箇所を見つめているだけの兄ちゃん。視線の先にあるのは紅茶が注がれているティーカップで、そこにすら兄ちゃんの気持ちは映り込もうとしない。
これが、本当に恋人同士のデートだったなら。
確実に別れ話に発展してしまうだろうって思うくらい、オレと兄ちゃんを包む空気は重いけれど。オレ達は兄弟だから、付き合うことも別れることもないんだって思った。
でも、せっかくのデートなら楽しみたい。
兄ちゃんが何を思い、何を考えているのかは分からないけれど。オレはこの場の空気を変えようと、意を決して兄ちゃんに問い掛ける。
「あのさ、もしよければなんだけど……ちょっと遊んでから帰らない?カラオケでもボーリングでもなんでもいいから、小さい時みたいに二人で遊ぼうよ、兄ちゃん」
今日はオレが、兄ちゃんの手を引いて歩くから。デートのエスコートなんてしたことないし、頼りないかもしれないけど……でも、オレだってちゃんと男の子なんだから。だから、オレは兄ちゃんと昔のように二人で笑い合いたいんだ。
そう願いを込めて兄ちゃんを見つめれば、兄ちゃんは幼い子供のようにこくりと頷いてくれて。
「それじゃあ、えっと……何して遊ぶ?」
計画性があるようでまったくないオレは、兄ちゃんに再び尋ねてしまうけれど。
「んー、じゃあねぇ……二人でジャンケンして、俺が勝ったらカラオケ、星が勝ったらボーリング、あいこだったら違う遊び考えよっか」
「文句なしジャンケンの一発勝負、懐かしいね」
小さい頃、お互い意見が食い違った時。
オレと兄ちゃんはこうして、ジャンケンして喧嘩しないようになんでも二人で決めていたから。
「いくよ、せい?最初はグー」
「ジャーンケーンポンっ!」
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