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第786話
親に逆らうことも、反抗することもなく、オレは比較的のほほん過ごしてきたけれど。疲れているこの状態で免許取得の話をされても、オレは正直いって頭が働かなくて。
話題から逃げるように、友達に聞いてから決めると言ったオレの言葉に母さんが肯いてくれて、オレは内心ホッとしていた。
母さんと仲が悪いわけじゃないけれど、室内に広がる妙な空気感がオレを包んでいく。そしてその空気が醸し出す答えを知る時は、思いの外すぐにやってきたんだ。
「星、学校は楽しい?」
「うん、楽しいよ」
話が変わり、まだオレに何か用があるらしい母さんは、席を立つことなくオレと向かいあったままで。
「……光のお友達とは、ずっと仲良くしてもらってるの?相手がご迷惑じゃないのならいいけれど、向こうも何かと忙しい時期なんじゃないかしら?」
「へ?あ……うん、そうかも」
オレが毎週末泊まりに行くことを許してくれる母さんは、雪夜さんが兄ちゃんの友達で、料理上手で面倒見のいい人だって知っている。
逆に言えば、それ以上のことは何も知らないから。帰りの時間や、何処にいるのかを連絡して、しっかり学校へ行っていれば今まで何も言われたことはなかったのに。
それが今になって、雪夜さんが日本に戻ってきてくれたこのタイミングで、こんなふうに話をされるなんてオレは思ってもみなかった。
さすがに、毎週雪夜さんのお家に泊まっているっていうのは無理があるから。オレは月イチくらいのペースで、兄ちゃんの友達に会いに行くって母さんに伝えることが殆どで。そうじゃない時は、弘樹や西野君の名前を借りて、家を出ていたりするんだ。
そのことは兄ちゃんも知っているし、兄ちゃんからは嘘をつくのは良くないけど、母さんは疑ってないから大丈夫だよって言われているけれど。ここにきて、小さな嘘の積み重ねがもたらす恐怖感に、オレは怯えることになってしまった。
オレの気持ちを知ってか知らずか、母さんは束ねた髪を指に巻き付けながら話を進めていく。
「光のお友達、名前なんて言ったかしら。最近の男の子って、彼女とか作らないのかしらね?光もそうだけど、女の子を連れて帰ってくることがないから……って、それは星もだったわ」
「いや、えっと……はは、そうだね」
兄ちゃんには優さんがいて、オレには雪夜さんがいるから。女の子を家に連れてくるなんて無理な話だよ、母さんって……口が裂けても言えない言葉を呑み込み、オレは引き攣った笑みを浮かべる。
そんなオレの表情を見た母さんは、ふふっと笑ってオレにこう言ったんだ。
「……星は、彼のことが好き?」
一瞬、ドクンと大きく響いた心臓の音。
母さんが言った『彼』で、思い浮かんだ相手は一人しかいなくて。でも、その人は……世の中の理からすれば、好きになっちゃいけない人で。
だけど。
好きにも色んな意味があるから、好きって言ってもいいのかなって。ぐるぐる考えても、母さんになんて答えたらいいのか分からないオレは、ただ黙って小さく首を縦に動かすことしかできなかった。
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