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第791話

光には、あくまでも二人の問題だからと伝えてやり、優に言った言葉を告げずに、俺はそれとは異なる思いを口にした。 今はまだ、負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれない。人生まで賭けた男に、勝ったなんて言えるほどのことを俺は何一つしていないから。 それでも、俺には星がいる。 アイツの願いを叶えてやるのは、光の役目じゃない。 フッと笑って俺を見る光は、王子様でも悪魔でもない兄の顔をする。兄としてのプライドが、その優しさが、光自身をなにより苦しめているのに。 「俺が、忘れるとでも思ってんの?せいがユキを選んだ日だからね、忘れるわけないでしょ」 「お前が、星を手放した日でもあんだよ。俺からしてみれば、お前が優を選んだ日だ。お前にとってはちげぇーのかもしんねぇーけど、少なくとも俺と星はそう思ってる」 抽象的なやり取りを繰り返し、別れるのなら星にどう説明する気でいるんだと俺は光に投げ掛ける。どの選択肢を選んでも、星が傷つかずに済む方法はない。 「……分かってる。だからあの子には、環境が変わって優とは自然消滅したとでも言えばいい。ただ生徒より先に生まれただけの人間として、俺は先生になるんだから」 夢も希望もない志望動機。 優を失ったら、光には生きていく目的がない。懺悔のためだけに生きているなんて、死んでいるのと同じだ。これから光の肩書きとしてつく先生の二文字は、星より先に生まれた男として罪を感じるのに丁度いいのだろう。 「優とは、これで終わりでいいの。でもユキは違うでしょ?せいは、お前を選んだ……だから俺とユキは、優のように縁を経つことが出来ない。ある意味厄介な相手だよ、お前は」 「そりゃこっちのセリフだ、バカ王子」 お互いに信用出来るからこそ、敵に回すと厄介な相手。それは優も同様だが、あの男は今回の件に関しては中立的な立場を選ぶだろう。 この王子様に、任せっきりにしていたこと。 研修が終わり帰国したら、一度しっかり光と話合っておきたいことがあった。 けれど。 「そろそろ午後の講義始まるね、付き合ってくれてありがとう。まぁ、そういうことだからさ……よろしく頼むよ、ユキちゃん」 俺の考えが読めたのか、単純に時間がきたのかは定かじゃないが。蝶が舞うように俺をするりと躱した光は、椅子から立ち上がり俺を残して去っていく。 本当は、触れてほしくない話だったのだろう。 家族のこと、弟のこと、自分のこと……俺が踏み込んじゃいけないことなのは、俺自身が一番よく分かっている。部外者だと言われてしまえば、それまでなことも。 次があるかは、正直分からない。 このまま光が心を閉ざしてしまったら、俺が飲みに誘い出してもアイツはきっと来ないだろう。誰だって、他人に弱さを見せたくはないものだ。 本来なら、この場で話しが出来れば良かったこと。俺は大学卒業後、星との同棲を考えているって。

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