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第793話
どのくらいの間、俺は無言でいたんだろう。
『……白石さん?』
俺の返答がないことを不安に感じたのか、星の母親だと名乗った相手はもう一度確認するように俺の名を呼んで。
「ああ、申し訳ありません。時間ならありますので構いませんが……あの、僕に何か?」
相手が光と星の親だということを考慮し、俺の脳内は一気に仕事モードへと変化していく。こんなに早く、しかも唐突に、星の親とコンタクトが取れるとは思ってもみなかったが。
「ふふっ、驚かせてしまってごめんなさいね。貴方、星の彼でしょ?」
……ちょっと、待ってくれ。
そうだけど、確かに俺は星くんと付き合ってっけど。なんでそのこと知ってんだ、つーか、なんで俺の携番知ってんだ……ってか、なんでこんな楽しそうに笑ってんだ、この母親。
考える余地すら与えてもらえず、またしても答えることが出来なくなった俺は、もうどうすればいいのか分からない。ただひとつ言えることがあるとすれば、光の人を嘲笑う癖はこの母親譲りだってことくらいだ。
「貴方の番号は、光から聞いたわ。というより、全てのことを私は光から聞いているの……だから今日は、どうしても貴方と話がしたくてご連絡したんです。もしご都合がつくようであれば、今から私と会ってもらえませんか?」
いや、無理だろ……って。
そう言うことが出来るなら、どれだけいいだろうと思う。日を改めてお願いしますと言いたいのは山々だが、あいにく今日の俺にこれといった予定は入っていなくて。
「……承知、しました」
正直、俺は何も分かっちゃいないが。
幸か不幸か、さっきまで独りで考えていたことがこのような形で判明し、光は母親に俺と星との関係を話していたことだけは理解出来たから。
もう腹を括るしかない状態まで追いやられた俺は、星の母親からの言葉を待った。
『それでは、一時間後に駅南のコーヒーショップで落ち合いましょう。新幹線口を出た所にある、オレンジ色の看板の店って言えば分かるかしら?』
「上の店舗が居酒屋になっているビルの一階の店で、お間違いないでしょうか?そこでしたら、僕もご指定の時間内で伺えるかと思いますが」
『急なお誘いにも関わらず、対応していただけて感謝します。詳しいことは、お互い顔を見て話しましょうね。待ち合わせ場所に着き次第、今掛けているこの番号にご連絡ください。では、また後ほど』
柔らかく切られた通話、機械音が響くスマホを手にして俺からは大きく溜め息が漏れていく。
今から一時間後に駅に着いてなきゃいけないのなら、ゆっくりしている時間はない。考えごとをしている時間も、煙草一本吸っている時間も本来なら惜しいのだけれど。
「……マジ、か」
落ち着くための時間は、何よりも必要で。
立ち去ろうと思っていた喫煙所に留まり、煙草を咥えた俺は、ただ呆然と遅すぎる心の準備をしていくしかなかった。
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