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第794話
大学を出て、一度帰宅して。
身支度を整え直してから向かった先は、待ち合わせ場所に指定されたコーヒーショップだ。数十分前に初めて声を聞いた相手に連絡をしようと、俺がジャケットの胸ポケットからスマホを取り出した、その時だった。
「……白石雪夜さん、ですよね?」
そう声を掛けられ、その相手を見た俺は……電話の時と同様、やはり声が出なかった。
大きな黒い瞳と、ふわりとした柔らかい雰囲気。ナチュラルにメイクは施してあるものの、年齢予想が出来ない容姿はひと目見ただけで星の母親だと判断出来て。
頭を下げた俺は下手に愛想よく笑うことを避け、星の母親と向き合った。お互いに軽く挨拶を交わし、店に居座るための飲み物を注文した後、席についた俺は極度の緊張感に襲われるけれど。
「突然呼び出して、ごめんなさい。驚くなって言う方が無理なことは分かっていますので、動揺しながらでも聞いてくだされば構わないわ。それにしても、本当に光が言った通りの人なのね」
クスっと笑い、俺を見る星くんの母親。
あの悪魔野郎が俺のことをなんて言ったのか分からない俺は、困惑の色を隠せない。
「あの、光君からはどのような話を……」
そこまで尋ねて、俺の背筋は凍る。
光を君呼びしたことなんて、未だかつてないから。俺は自分で言った光の呼び名に、寒気を感じてしまった。
そんな俺のことはお構いなしに、星の母親はコーヒーカップに口をつけ、甘そうなカフェラテを一口飲んだ後に声を出す。
「光がね、貴方のことをその辺にはいないイケメンだって私に説明してくれたの。星の彼がどんな人なのか、一度この目で確かめておきたくて……でも、コレなら文句無しだわ」
コレって、人のこと捕まえておいてコレって。
扱いが丁寧なんだか雑なんだか、青月兄弟の母親はよく分からない人だと思う。電話の時から今まで、終始楽しげな様子ではあるけれど。
俺が星の恋人だとバレている以上、それを否定される覚悟で俺はここにいるというのに。顔なんてどうでもいいだろと内心思うが、文句がないのならそれはそれでありがたいことで。
「貴方のその様子だと、光は貴方に何も言っていないようね。今から貴方に話すことは、星は一切知らないわ。貴方と星のために光がしてきたことを、私はどうしても伝えたくて今日貴方を誘ったの」
口数が少なく、戸惑い気味の俺に微笑んだ星の母親。その笑顔は星くんとも光とも違う、とても暖かく包み込まれるような、なんとも母親らしい笑顔だった。
「私は最初、貴方のことを女性だとばかり思い込んでいたのよ。ユキちゃんって、どう聞いても女の子だと思うでしょ?星も泊まりに行く時は兄ちゃんの友達としか言わないから、あの子も年頃になったんだって思っていたの」
俺の呼び名を光から聞いていたなら、そう思われて当然かもしれない。女みたいで紛らわしいから嫌だと、俺も高校の頃はよく光に言ったものだから。
「星は年齢のわりに幼いから、歳上の彼女となら上手くやれるのかもしれないって私は考えていたわ。面倒見が良くて、料理上手なユキちゃん……そんな貴方が男性だと分かったのは、今年の春だった」
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