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第800話
部屋の中には、星の泣き声と土砂降りになった雨の音が響く。星が自ら俺を選び、帰らないと告げた日も確かこんなふうだった。
雨に濡れた後、服がねぇからっつって風呂上がりの星くんに俺のTシャツとパーカーを着せて。少しの時間独りでいさせたら、星は膝を抱えて大泣きしてたんだ。
どうしたらいいのか分からないって、自分の気持ちに頭がついていかなくて。何の根拠も持たない俺の大丈夫という言葉を、あの時の星は信じてくれた。
まだお互いに、愛なんて知らなかったのに。
ただ傍にいたくて、その温もりを感じたくて手を伸ばした先に、こんなにも多くの感情が溢れ出ることを知り、そしてそれを失うことを恐れてしまう。
俺がいないのはもうイヤだと、そう言った星くん。テーブル横に無造作に広げられたキャリーバッグには、教科書や体操着が入っていて。
それを見た俺は星の背中を撫でつつ、家に帰る気はないのに学校へ通う気はあるのかと思い、学校生活で何か問題があったわけではなさそうだと判断した。
これだけ荷物があるということは、星は普段通りに下校をし、一度は家に帰ったことになる。そこで何かあったのか、その前から家を出る決意をしていたのかは分からないけれど。
俺にしがみついて泣いている仔猫さんをソファーまで運び、俺は目を真っ赤にしてしゃくり上げる星の顔を覗き込んだ。頬に張り付いた濡髪を払ってやり、愛くるしい額にキスをしてやると。
「…ぅ、きぁ…しゃっ、ん」
星は俺の名を呼んで、ひくっと苦しそうに息を吸う。どうやら涙は止まったらしいが、星の呼吸は安定しない。これだけ泣けば、そうなってしまうのも無理はないんだろうけれど。
「落ち着いて、ゆっくり息しような。俺は何処にも行かねぇーから大丈夫だ、そう……深く吸って、しっかり吐け」
「ふっ、ぁ……はぁ、ふぅー」
「ん、上手」
俺の声に合わせて一生懸命息をする星は、それから何度か深呼吸を繰り返した後、また俺の胸に顔を埋めてしまう。泣き声が聴こえなくなった部屋には互いの呼吸音だけが響き、静か過ぎる空間でそれはやらたと大きく聴こえた。
「……星くん、どーした?」
できるだけ優しく声を掛け、俺は星の髪に触れる。すると、きゅっと俺の服を掴んでいる星の手から少しだけ力が抜けたのが分かって。
「家、帰ったら……オレは、雪夜さんと別れなくちゃいけない。分かんないけど、そう思って……それがすっごく怖くって、気がついたらここにいた、です」
分かるような、さっぱり分からないような呟き。星自身も理由らしい理由が判明できていないのか、自分が何故こんな行動を取ったのか分かっていない様子で。
その場の感情に任せて家を飛び出してきたのかもしれないと思った俺は、原因を探るために星に話し掛けていく。
「星が実家にいたら、俺はお前と別れなきゃなんねぇーの?そんなん俺も嫌だわ、お前と別れる気なんてねぇーし」
「でもっ、家族になれない……オレと雪夜さんは、一緒にいちゃだめなの。でも、そんなのイヤだから……だからっ」
「家に帰らない、か」
そう言った俺の言葉に、星はこくんと頷くだけだった。
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