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第801話
【星side】
朝、オレは高校へ行くために家を出て。
学校で授業を受け、友達とおしゃべりして。
高校生としての時間を終え、ちゃんと家に帰った。
鍵がかかった玄関、誰もいない家。
当たり前の生活をし、普通の幸せが待っている家。
でも。
この家にいたら、オレは雪夜さんを選べない。
夫婦として、家族として、オレと雪夜さんが一緒になれることはないって……そう、気がついた日だった。
本当は、ずっと前から気づいていたこと。
だから。
隠して、嘘をついてきた。
オレは、雪夜さんと一緒にいたいから。
この家に、雪夜さんはいないから。
母さんの顔は、見たくなかった。
父さんの声は、聞きたくなかった。
兄ちゃんには、会いたくなかった。
だって、だって。
大好きな人がいないのは、もう嫌だったんだ。
何を考えていたのかは、分からない。
滅多に使うことのないキャリーバッグの中に、学校で使う物を手当り次第詰め込んで。
ここから出てしまえば、両親に抱いた罪悪感も、雪夜さんがいない孤独も感じなくて済む。無理して笑う兄ちゃんを見て、心を傷めることもないんだって。雪夜さんのお家にいれば、オレは雪夜さんと一緒にいれるんだって。ただそれだけを、考えていたのかもしれない。
気がついたら、雪夜さんのお家にいて。
でも、雪夜さんはここにもいなくって。
感情が赴くままに行動してしまったオレは、もうどうしたらいいのか分からなくなって雪夜さんに電話していた。
迷惑を掛けるんじゃないかと不安を覚えたのは、雪夜さんが帰宅してすぐにオレを抱き締めてくれた後で。それと同時に降ってきた雪夜さんからの言葉に、大粒の涙が零れ落ちていった。
本当は、ずっと怖かった。
今日のように、現実を見るのが怖かった。
家族の幸せを奪って、オレは雪夜さんと一緒にいるってことに気づきたくなかった。
いつか、こうして。
男同士で付き合っているタブーを突き付けられる日がくることを、オレはずっと恐れていた。だからいつも、形のない漠然とした幸せを描いて、そこにオレと雪夜さんを当てはめれば安心できていた。
どんな時も。
二人で幸せになりたいって思うことで、オレは知らず知らずにその恐怖から逃げていたのに。雪夜さんがいない半年間だって、耐え抜いてこられたのに。
普通の幸せがある家にいるのは、雪夜さんが好きな気持ちを押し殺さなきゃいけない家にいるのは辛すぎて。家族よりもたった一人の大好きな人を選んだオレは、その腕の中で泣き喚いた。
世間の目から、家族の目から逃げ出したかった。
ずっと、ずっと、ずっと……オレは、雪夜さんの傍にいたいから。聞き分けの良い子じゃいられない、真面目な良い子じゃいられない。
この温もりを失うくらいなら、自分勝手でも構わない。だから、飛び出した家には帰りたくないと思うことしかできないんだ。
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