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第802話
「星、家に帰らねぇーならそんでいい……ただ、親には連絡しろ。しばらく帰らないって、俺ん家にいるって言え」
「でもっ……」
「電話すんの嫌ならLINEでもいいから、もう親に嘘はつかなくていい」
いっぱい泣いて、腫れた瞼にキスを落としてくれた雪夜さんは、そう言って微笑んでくれるけれど。家出したのに、わざわざ母さんに連絡するのはどうかと思ったオレは、唇を尖らせて無言の抵抗を見せる。
「そんな顔すんなって、大丈夫だから。俺が大丈夫っつったらどうなんだっけ、星くん?」
オレの髪に柔らかく触れる雪夜さんの手は、いつもほんの少しだけ冷たい。でも、優しく笑う雪夜さんはいつだって温かくて。雪夜さんが大丈夫だって言ったら、大丈夫になるんだって。オレが雪夜さんを信じていれば、怖いことも恐れなくていいんだって。オレは、ずっと前から知ってるから。
「……ダイジョーブ?」
小さな声でそう答えたオレの唇に、雪夜さんの唇が重なった。すぐに離れてしまったのが寂しく感じ、オレは雪夜さんの首に両腕を回して自分から抱き着きにいく。
「星、いい子。連絡出来たらオムライス作ってやるよ、風呂も一緒に入るか?」
オレがこくんと頷くと、雪夜さんの髪が頬にあたった。それがなんだかくすぐったくて、とても心地よくて。
「じゃあ俺コーヒー淹れてくっから、その間にやることやっとけ……って、大丈夫だ。なんも怖くねぇーから、な?」
抱き着いて離れようとしないオレを引き剥がし、雪夜さんはポンポンって頭を撫でてくれる。オレが感じている不安も、怖さも、雪夜さんにはきっと伝わっていて。もう一度、大丈夫だと言ってくれた雪夜さんの言葉を信じ、オレは雪夜さんからそっと離れてスマホを手にしてみた。
ディスプレイに表示された時間は、まだ19前で。今頃母さんは夕飯の支度をして父さんの帰りを待っているんだって、考えたくないのに自然と出てくる家族の風景を思い浮かべながら、オレは雪夜さんに言われた通り嘘偽りのない文章を母さんに送った。
次第に充満していくコーヒーの香りと、雪夜さんの煙草の匂いが鼻を掠めて。キッチンに立っている雪夜さんに近づき、オレはその背中にぴたりとくっついたんだ。
「ちゃんと、した……から、オムライス食べたいです。宿題もするから、お風呂も一緒に入りたいです。雪夜さん、大好き……大好きだから、傍にいたい」
ぎゅーってくっついたまま、オレは雪夜さんに思いを伝える。すると雪夜さんはオレを背中にくっつけた状態でくるりと向きを変え、両手にマグカップを持ってソファーまで歩いていく。
そしてオレは、雪夜さんの歩幅に合わせて大股で後ろからついていき、雪夜さんから離れることはなくて。
「お前、どんだけ可愛いことしてんだ……メシも風呂も抜きにして今から襲うぞ、バカ」
そう言って笑ってくれた雪夜さんは、テーブルにマグカップを置くと、オレを力強く抱き締めてくれた。
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