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第805話
何も言えなかった。
黙ったまま小さく頷き、オレは雪夜さんから視線を逸らす。すると、知らぬ間にソファーへ押し倒されていたオレの身体は宙に浮いて、雪夜さんの膝の上に乗せられていた。
抱き着いていいのか、ダメなのか分からなくてオレが俯いていると、雪夜さんはさっきまでとは違った表情で切なそうにオレを抱き締めて。静まり返った室内で、オレは雪夜さんからの言葉を待つ。
「……お前が消えたら、俺はどうなんだよ?俺だけじゃない、星の家族にはお前に托した想いがある。お前はな、消えた命の分まで幸せにならなきゃなんねぇーんだ」
言われた言葉の意味が、分からない。
消えてしまいたいのはオレなのに、すでに消えている命ってなんのことなんだろう。
「星……お前と光の間にはもう一人、星になっちまった兄妹がいる。この意味、分かるか?」
耳元で、すぐ近くで聴こえるはずの雪夜さんの声が遠く感じる。分かっても、分かりたくない……だって、そんな事実をオレは知らないんだ。
「七夕の日に産まれたお前は、星がいいって光の想いと、流産で亡くなった命の分まで輝ける子になるようにって、両親の想いが込められた名前をもらってんだよ」
「そんなのっ、そんなの知らないッ!!」
黙って聞くことは出来なくて、声を荒らげたオレは雪夜さんの胸ぐらを両手で掴んで唇を噛み締める。でも、雪夜さんは混乱するオレには動じずに話を続けて。
「お前が成人したら、どのみち知ることになる予定だった事実だ……星、お前にこのことを隠してた光や両親を恨んだりすんな。恨むなら、俺を恨め」
「ッ……ぅ、っ」
声なんて、出なかった。
嗚咽のような息だけが漏れて、流れていく涙はぽたぽたと衣服を濡らして。力一杯握った拳で、オレは何度も雪夜さんの胸を叩き、その横に顔を埋める。
誰かを恨むことは、できない。
恨むのは、浅はかな考えしか持てない自分自身だから。苦しくて、辛くて、切なくて、悔しい。
自分の名に込められた想いは、命ある星なんだと。昨日の夜、空を見上げて兄ちゃんが言っていた言葉の意味が酷く心に響いて……今こうして、生きていることの重さを感じたオレは、消えてしまいたいと思ったことを心の底から後悔した。
だって。
「星、愛してる。お前が生きてるってだけで、そう思うだけで、俺は生きていけんだよ」
大好きな人が生きている理由は、オレにあったから。
オレがどれだけ、振り上げた拳を雪夜さんにぶつけても。雪夜さんは、その手を無理に止めることはなかった。ただそっと抱き寄せて、オレの存在を認めてくれる。
それがどれほど幸せで、かけがけのないものなのか。人に愛されることの喜びと苦しみを一度に味わい、それでも、この人と伴に生きたいと思うのは、罪なことなのかもしれない。
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