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第806話
「ごめん、なさい……ぅ、ごめっ」
握った拳からは力が抜け、出てくる言葉は誰に対してかも分からぬ謝罪ばかりだった。特定の誰かに向けたものではないのかもしれない、雪夜さんに、そして家族に、謝ってどうしたいのかは、やっぱりまだよく分からない。
帰りたくないと思ったこと。
消えてしまいたいと思ったこと。
両親の幸せを奪って、好きな人といること。
亡くなった兄妹のことを自分だけ知らなかったこと。雪夜さんに当たり散らして、傷つけてしまったこと。
数えれば、キリがない。
でもきっと、そのどれもが罪の意識へと変わって。ひたすら「ごめんなさい」を繰り返すオレは、気味の悪い壊れたロボットのようだったと思う。
それでも。
そんなオレを抱き締めてくれる雪夜さんは、優しく優しく頭を撫でてくれる。
「星、お前はなんも悪くねぇーから。こんだけ傷つきゃ、誰もお前を責めたりしねぇーよ。だから大丈夫、大丈夫だ」
おまじないみたいな、大丈夫。
何度も、何度も。
その言葉が、オレの心の奥底へと届くまで。
雪夜さんはそう言ってオレの頭だけじゃなく、背中を撫でてくれたり、ぐちゃぐちゃになった泣き顔を見て微笑んでくれたり、ティッシュでオレの鼻をそっとかんでくれたりする。
「星、ちーんって出来るか?」
「ぅ、えっ…きぅー」
「ん……出来るのな、いい子。上手、星くん」
どれだけ子供扱いすれば、気が済むんだろうって。オレがそう思うこともないのは、雪夜さんの優しさに甘えたくなってしまうからで。
「すぅ、き…」
ひっくひっくと落ち着かない呼吸で、オレは雪夜さんに好きだって言ったんだ。
オレは、もう雪夜さんがいないのは嫌だって思ってここに来た。でも、オレが消えてしまったら、オレは雪夜さんに会うことも触れることもできなくなってしまうんだって気づいた。
だって。
オレの生きる理由は、雪夜さんそのものだから。
亡くなった兄妹や、両親には本当に申し訳ないと思う。女性を好きになって、結婚して、子供ができて……そんな将来はどれだけ願っても、一生願ってもこないから。
だけど、好きになる人は選べない。
他人と他人が一緒になって、家族ってのは出来上がる。
オレや雪夜さん、兄ちゃんや優さん。
みんな、その他人同士から産まれた子供で、それは兄妹だって同じなんだと思う。
オレたちは、望んで家族になったわけじゃない。産まれる前から決まっていて、必然的にその家庭に生まれ落ちて。当たり前のように、それが当然のことのように、家族として生活してきたけれど。
元は皆、他人なんだ。
みんな、みんな、小さな命の結晶で。
消えていい人間なんて、この世には一人もいない。
雪夜さんも、オレも、兄ちゃんも、優さんも。
どんなことがあっても、オレ達はこの世界で。
今を、生きていかなきゃならないんだ。
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