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第807話
現実から逃げ出そうとしても、逃げることはどうあがいたってできなかったけれど。オレは、知らなかった事実や、目を背けようとしていた家族と向き合うことに決めた。
雪夜さんが、傍にいてくれるから。
オレはとっても泣き虫で、甘えん坊で、これからもきっとこうして、雪夜さんを困らせてしまうと思う。でも、独りで困難を乗り越える強さはなくても、雪夜さんと一緒なら……オレは、オレは頑張れるんじゃないかって。そう思え始めた心は、柔らかな太陽の光に照らさていくみたいだった。
鼻をかんでもらって、流れた涙も拭いてもらって。さっきまでは消えてしまいたいと思っていたのに、オレのお腹は正直で。ぐーっと音を立て、オレの身体は空腹を訴えたから。
雪夜さんは、オレが落ち着きを取り戻したのを確認してから、抱き着いて離れないオレを自分の背中にくっつけて夕飯の支度をしてくれた。
泣き過ぎて腫れた瞼が重くても、色鮮やかな黄色に包まれるタンポポオムライスは、やっぱり幸せの味がして。小さく微笑んだオレを見た雪夜さんは、やっと星くんが笑ったって安堵してくれた様子だった。
そうして食事を終え、明日の支度もして。
二人でお風呂に入ろうとした時、オレは自分がどれだけの強さで雪夜さんを叩いていたのか知ることになって。入浴するために服を脱いだ雪夜さんの肌は、胸の辺りが真っ赤に染まってなんとも痛々しかったから。
「……ん」
「星?」
オレが謝っても、雪夜さんは受け入れてくれない。オレが悪いわじゃないからって、この人はきっとそう言ってなんでも許してくれる。
だから。
言葉じゃ受け入れてもらえない気持ちを、オレは態度で示すことにしたんだ。ごめんなさいの思いを込めて、雪夜さんの胸に口付けて。
まるで、傷を癒すみたいに。
広がった痣の全体に思いが届くように、オレは少しずつ唇を滑らせながら雪夜さんの身体にキスをする。
「んっ、ん…す、き」
なんだかとてつもなく愛おしくて、夢中になってオレがつけた傷痕に唇を寄せていくけれど。
「星くん、そんなことされると我慢出来なくなんだけど……ベッド行く?それともやっぱ風呂入る?」
クスッと笑ってオレの髪に触れた雪夜さんからそう尋ねられたオレは、雪夜さんを見上げ逆に問いただす。
「へ?あ、もしかして……雪夜さん、お風呂入るの本当は面倒だったんですか?オレの我が儘に付き合うために、わざわざお風呂まで……っ、んッ!?」
オレの考えがあまりにもトンチンカンだったのか、雪夜さんは最後までオレの話を聞くことなく、オレの唇を奪ってしまう。
「ふ…ぁ、んっ」
「ったく、クソ真面目な家出少年は可愛過ぎてタチわりぃーな」
ぐいっと顎を掴まれ、重なった唇はとても柔らかで。その心地良さに身を任せたオレは、次の日……とっても、とっても後悔することになったんだ。
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