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第812話

空席となった助手席、そのシートを信号待ちの間ボーッと眺めて。俺は学校裏の小さな公園で星を降ろした後、家に帰らずある場所へと向かっていた。 今日は大学の講義がないし、バイトは来週からのスタートだから。俺には、今のうちに探しておきたい物があって。その店が開くまでにはまだ時間があるため、俺は車を実家のガレージに駐めておくことにした。 相変わらず、キレイなボディの車が駐めてあるガレージ。この車があるということは、飛鳥がまだ家にいる証拠で。平日なんだから仕事行けやクソ野郎と内心思いつつ、俺は玄関のドアを開ける。 なんの音も響かない家。 兄貴たちが吠える声も、妹の泣き声も。 昔はそれが嫌で嫌で仕方なかったのに、こうして静まり返った実家の様子を目の当たりにすると、何処か恋しく思ってしまう。 華はまだハワイにいるのか、妹がいる感じはしなかった。遊馬には、ルーティンのように習慣づいた朝があるから。馬は朝っぱらから喫茶店のモーニングを食って、その後仕事に行ったのだろう。 兄妹がそれぞれ成長し、この家族という存在から遠ざかっていく。俺もその一人だけれど、遠いようで近い血の繋がりはきっとこんな時に感じるものなんだろうと思った。 「……ひでぇーな」 リビングの扉を開け、最初に呟いた言葉。 テーブルの上に散乱するのは空き缶や空き瓶、そして部屋に漂う独特なアルコールの匂いに俺は顔を顰める。 L字型のソファーに転がる、上半身裸の男。 室内の温度は暖房が効き真夏のような温かさで、風邪を引くことはないと思うが。半年ぶりに見た飛鳥の身体には、いくつもの爪痕と小さなキスマがちらほら散らばっていた。 愛のないセックスにしか興味がなかったハズの男、そんな飛鳥の身体に傷をつけることを許された相手は、今頃仕事に追われているハズだ。 やはり天と地の差がある二人を結び付かせた運命ってのは、俺に理解できるものではなくて。 「……ったく、起きろクズ野郎」 用があるのかと訊かれればないに等しいが、何となく声を掛けたくなった俺は、ソファーで寝ている飛鳥にそう言って近づいていくけれど。 「ッ!?」 「……だぁーれがクズだって?」 一瞬にして手を引かれ体制を崩した俺を抱き止め、囁いてくる飛鳥。俺はそんな飛鳥が、俺同様に狸寝入りが得意なことをすっかり忘れていた。 「起きてんなら、離してくんねぇーかな……ってかさ、すっげぇー酒くせぇーんだけど」 兄弟で抱き合って何やってんだと心底思うが、殴られるよりかは幾分かマシだ。その考えが頭を過り、大人しくすることを選んだ俺は、感情のこもらない声を出す。 「朝っぱらからナニしに来た、やーちゃん。もしかして、お兄様が恋しくなっちゃった?」 「んなワケあるかよ、時間潰しに寄っただけだ。なんでもいいから離せ、兄貴」 「しゃーねぇな、離してくださいお兄様って言ってみろ。それと……お前の目的、聞いたら離してやる」

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