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第813話

寝起きだからか、酒焼けか。 耳元で囁かれた飛鳥の声は、吐息混じりの甘いものだった。ゾクッと感じるこの気色悪さから逃れたくて、俺は溜め息を漏らし口を開く。 「……部屋探しに、こっちまで来ただけ。だから離してください、オニイサマ」 「よかろう、離してしんぜよう。あ……お前さ、立ったついでに水持ってこい。あとホットコーヒー淹れて、そのついでに朝メシ作って」 この家に来た目的は、本当に時間潰しなのだが。兄貴の知りたい情報はソレじゃないことを察していた俺は、隠すことなく素直に答えた。すると飛鳥は満足したのか、思いの外あっさり俺から手を引いていく。 「クソが、何様のつもりでいんだよ」 そうは言いつつも、俺は自由になった体を動かし冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。相変わらずデカイだけで何も入ってない冷蔵庫、飛鳥はこっからどうやって俺に朝食を作れと言っているのか分からなかった。 とりあえず手に取ったペットボトルを飛鳥に手渡し、俺は着ていたコートを脱いでソファーに腰掛ける。 「あー、水がうめぇ……って、やーちゃんさ、お前こっち方面に住む気でいんなら此処でよくねぇか?」 本当に美味そうに、渡したミネラルウォーターをゴクリと飲み干した飛鳥は、服を着る素振りを見せずに煙草を咥えて俺にそう問い掛けてくるが。 「よくねぇーから、部屋探しに行くんだろ。なんで今更兄貴たちと暮らさなきゃなんねぇーんだよ、それに俺は……」 「仔猫ちゃんと快適に暮らせる家じゃねぇとイヤ、とかそんなとこか。まぁ、今お前が住んでる駅中よりはこっちのが家賃も安いしな」 「家賃の問題っつーか、駅中だとランの店遠いから。この辺りの方が、色々と俺が求める条件揃ってんの」 虚ろな目をして煙草の先端を見つめるだけの飛鳥の横で、俺も煙草を取り出し火を点けていく。 「ああ、そうか……やーちゃんの仔猫ちゃんは、ランちゃんの店で働くんだっけ。それなら店から近い方がいいって考えは分かっけど、どうせなら仔猫ちゃんと一緒に探してやんねぇでいいのか?」 「アイツの好みはそれなりに把握してるつもりだし、ある程度ピックアップしてから星くんには伝えるつもりでいんだよ。まだ一緒に暮らせる状態じゃねぇーしな……まぁ、落ち着いたら星にも話すけど」 「クリスマスのサプライズ的な?お前本当に俺に似てんな、さり気なくカッコつけたがる感じすげぇ好きだわ」 「自分で自分好きとか言うな、ナルシストにも程があんだろ……ってか、兄貴、仕事は?」 昔と比べ、随分と話しやすくなった飛鳥とのんびり会話するのは悪くないと思えるけれど。この男は社会人のハズで、もうとっくに仕事をしていなければおかしい時間なのを思い出した俺は、飛鳥にそう問い掛けた。

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