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第814話
「従業員俺だけじゃねぇし、昼から出勤すっからどってことねぇよ。このレアな状況楽しまなきゃ損だしな、お前が家にいんのなんか滅多にねぇから」
「あーそ、そりゃどーも……っつっても俺、コレ吸い終わったら出る予定なんだけど。ランのとこにも行きてぇーし、俺は兄貴ほど暇じゃねぇーんだよ」
「ふーん、そんなら仕方ねぇか。うちのお得意さん、ここらの不動産屋もいたりすんだけどなぁ……やーちゃんがどうしても帰るっつーなら俺は止めねぇけど、どうする?」
ニヤリ。
そんな音が聴こえてきそうなほどに、口角を上げ微笑んだ飛鳥は俺をチラ見し、またすぐに視線を逸らす。
選択肢を与えておきつつも、俺が帰らないのを最初から分かっている飛鳥が気に入らないところではあるけれど。ここで意地を張っても特に意味を持たずに、飛鳥に遊ばれるだけだと学習している俺は、すぐに家から出ることを諦めた。
実家とはいえ、落ち着くことが出来ない室内。
散らかったテーブルの上を片付け、脱ぎ捨てられた服は指先で摘み洗濯機まで運んで。
俺は家政婦か、と。
自分の性に呆れ返りつつ、汚い部屋には住めそうにないと溜め息を吐いた。そして、俺がそんなこんなしている間に飛鳥はシャワーを浴びて着替えを済ませていく。
「やーちゃん、ネクタイ結んで」
「は?んなもん自分でやれよ、毎日やってることだろ」
ソファーの背もたれに無造作に掛けられた、スーツのジャケットとネクタイ。そのひとつを手に取り、キッチンでゴミの分別をしていた俺を見て甘過ぎる笑顔を向けてくる飛鳥。
「お兄様の命令、嫌とは言わせねぇから。手洗ってこっち来い、30秒以内にな」
知ってはいるが、なんとも性格の悪い兄貴を持ったもんだ。面倒くさいことこの上ない命令、ソレを聞かなきゃならない弟の身にもなってもらいたいが。
しっかり手洗いし、3秒残して飛鳥の元までやってきた俺は、飛鳥の手にあったネクタイを取りシャツの襟を立てていく。
「プレーン?セミ?それとも、別の結び方にすんの?」
「やーちゃんに任せる……っつーか、デカくなったな。お前も来年度から社会人とか考えらんねぇわ、その上仔猫ちゃんと同棲すんだろ?俺の可愛いやーちゃんが、嫁行くみてぇな感じだな」
飛鳥の襟元にネクタイを引っ掛け、長さを調整しつつ結んでいく間、飛鳥は何処か寂しそうにそう洩らして。
「可愛くねぇーし、嫁になんか行くわけねぇーだろ。俺は男だっつーの、俺がアイツを貰うんだよ……ん、出来た」
俺も星もどっちも男だから、どっちが嫁に行くとかはないけれど。それでも、家族としてひとつの屋根の下で生活していきたい気持ちは強いから。我ながらキレイに結んだネクタイを見つめ、俺は本音を呟いた。
「……ちょっとツラ貸せ、やーちゃん。俺の貴重な半日休みを、お前にくれてやる」
「ただのサボりだろ」
「バーカ、殺すぞ」
ソファーにあったジャケットを手に取り、俺の横を通り過ぎる飛鳥の背中を追って。少し早いクリスマスプレゼントを貰うことになった俺は、飛鳥を兄貴として尊敬することになったのだった。
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