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第820話
幸せ過ぎて、苦しい。
お互いにやるべき事が終われば、誰にも邪魔されずに寄り添うことができる日々。それは、たかが数日でも、永遠になればいいと願ってしまう尊いもので。
おはようから、おやすみまで。
雪夜さんと一緒に過ごせる生活は、まるで新婚さんみたいだなって。そんなふうに思ったオレは急に恥ずかしくなり、学校から帰宅しても雪夜さんの家の玄関を開けることを少しだけ躊躇ってしまうけれど。
冬の寒さに負け、オレは家の中へと入っていった。
クリスマスまでは、残すところ数日。
今日が木曜日で、今年のクリスマスイヴは日曜日だから、オレはあと少ししかこの生活を満喫できない。
「ただいまです、雪夜さん」
「おかえり、星くん」
ただの挨拶を交わし、当たり前のように抱き締められる身体と、重なる唇。玄関を挟んだ向こう側で恥を感じていたはずのオレは、もうここにはいなくて。
自分で決めたことなのに、クリスマスなんかこなくていいと思ってしまうオレの元には、サンタさんが来ることはないだろうと思う。
クリスマスが過ぎたら、雪夜さんも受け持ちのスクール校でコーチの仕事が待っている。オレは家に帰らなきゃならないし、母さんに言われた自動車学校にだって通わなきゃならなくなる。
ひとつ屋根の下で、こうして暮らせるのは今だけの幸せだから。だから苦しく感じるのかもしれないと、玄関で靴を脱ぎソファーまで移動したオレは、雪夜さんの背中をぼんやりと見つめて。
テーブルの上に広げられた仕事の資料と、ノートパソコン。その横にある眼鏡と、灰皿と煙草の箱。雪夜さんの結ばれた髪はオレが帰ってくるまでのあいだに、雪夜さんが自分の仕事に集中していた証拠だと思った。
ソファーに座ったオレの隣で、無造作に転がっているのはステラだ。オレが帰宅して、雪夜さんがキッチンに立ちホットココアを淹れてくれるまで。
撫でてもらえることを待っているかのようなステラを抱いて、オレは小さく息を吐いた。
「星くん、一緒にいんのにそんな寂しそうな顔すんなって。お前のそういうとこ、いつまで経っても変わんねぇーな。俺と離れんのイヤだって、顔に書いてあんぞ」
「だって……」
嫌なものは嫌なのだから、仕方がない。
キッチンに立つ雪夜さんをいつまででも眺めていたいし、少しだけ困ったように笑う雪夜さんから差し出されるココアだって毎日のように飲んでいたい。
そんなことを考えながら、渡されたマグカップを両手で受け取ると、オレの膝の上にいたステラがコロンとラグに落ちていく。
「あ、ステラが落ちた。星くん帰ってきたからお前はこっちな、ベッドの上で転がっとけ」
そう言って、ぬいぐるみに話しかける雪夜さんを見るのもオレは大好きで。ステラの耳を掴み、ベッドの上へと投げた雪夜さんは、オレの横までやってくると何も言わずにオレの頭を撫でてくれた。
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