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第824話
「クリスマス限定メニューの試食会みたいね、今年はうちでクリスマスを過ごす予定じゃないのかしら?」
ランの店につき、そのまま個室に案内された俺と星くん。個室内のテーブルの上には既にコース料理が並んでおり、ごゆっくりどうぞ感を演出していた。
「毎年お前んとこでクリスマスってのもな、今年はちょっと違うことしてぇーんだよ」
「そうなんですか?オレ、そんなこと一言も雪夜さんから聞いてませんけど……あ、コレってもしかしてあの時のケーキっ!?」
ここ2年はランの店でクリスマスを過ごしていた俺たちだが、今年のクリスマスの予定は少し違う。それを知らないのは星くんのみで、そこを突っ込まれそうになったけれど。テーブルの上に視線を移した星くんは、目の前のケーキに夢中のようだった。
「オレンジピールとチョコレートのケーキ、星ちゃんの想いがたっぷり詰まったケーキになったのよ」
「ランさん、ありがとうございますっ!」
「お礼を言うのは私の方だわ、星ちゃんのおかげでちょっぴり大人なケーキが仕上がったんですもの。少し早いクリスマスだと思って、今日は楽しんでいってちょうだい」
「ラン、サンキューな」
何も知らない星くんだけが、今この時をはしゃいでいる。そんな星の笑顔を切なそうに見つめたランは、俺に視線を移すと困ったように微笑み部屋を後にした。
ランには、告げている今日のこと。
前回の来店で、俺は数年ぶりにランの店へ飛鳥と訪れた。兄貴に不動産会社に連れられた帰り、その時に光や優のことなどをランに全て話しているから。
この星の笑顔が、俺の一言で泣き顔に変わり、そして俺を拒んでしまうのではないかと。そう心配しているランは、星の笑顔を見ることが、辛かったのかもしれない。
愛する人を失った、ランにとって。
目の前の幸せが壊れていく情景を目にすることは、辛く苦しいものになると思う。ランが感じる不安以上に、本当は俺が一番不安だったりすんだけど。
ここを乗り越えない限りは、俺たちに未来はないから。
いつもよりテンションが高めで、すっかりクリスマス気分を満喫しているらしい星の肩を抱いた俺は、食事の後に話す内容をイメージしながら、星のこの笑顔が消えないことをただ願うしかなかった。
そして。
「……オレはっ、オレは雪夜さんと……別れ、ます」
食事を楽しみ、数十分後。
そう言って大粒の涙を流す星は俺に背を向け、今は触れないでほしいと俺を拒絶してしまう。
こうなることは、分かっていた。
光の幸せを奪っているのは、俺たちなんだと。
複雑に絡み合った事実を星に告げてしまえば、星はどれだけ俺のことを愛していたとしても、光を犠牲にして幸せになることを望まない。
お互いに、想い合える兄弟だからこそ。
星も光も、自分より兄や弟の幸せを優先してしまうから。
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