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第826話

柔らかな音楽が流れる店内。 星の泣き声も次第に小さくなり、摩っていた背中から感じ取れる呼吸は乱れたものではなくなっていく。泣く度に苦しそうな星を、俺は毎回こうしてあやしているけれど。 「雪夜さん、オレ……」 そう言って申し訳なさそうに呟いた星に、今日はもう一つしてやれることがあるから。頬に流れた涙を親指で優しく拭ってやり、星の唇に軽くキスを落とした俺はソファーに座る星から離れていく。 「雪夜ぁ、さ……そっち、行っちゃやだぁ……」 さっきまで、俺を拒絶していたはずの星だが。 混乱して俺を拒んでいたことはもう忘れたのか、俺が離れてしまったことに不満そうな声を洩らして。 星がいるソファーの向かいに掛けてあったコートから俺はある物を取り出し、苦笑いしながら星にこう言った。 「ヤダじゃねぇーの、すぐ戻るから。星くん、目閉じて両手出して待ってろ」 「へ?」 意味が分からないと言った顔をして、赤くなった鼻をきゅっと啜った星くん。でも、こんな時……星は必ず、俺の言うことを聞いてくれるから。 言われた通りに目を瞑り、ぎこちなく差し出された両手を俺は確認して。ゆっくりとまた星の元へと近づいていき、星のその手にコートから取り出した物を包み込むように握らせた。 本当は、クリスマスに渡す予定だった物。 ソレを今、星に手渡して。 「目、開けていいぜ?」 この小さな両手に。 それぞれの未来を託した俺は、星の耳元でそう囁いた。 「すごい、綺麗……あの、これって?」 「奇跡のメダイユって、呼ばれてるメダル。フランスの教会では、このメダルを手にした人には奇跡が起こり幸福が訪れるって言い伝えられてんの」 星の手の中に収まったメダイユは、シルバーの枠に水色のマリア像があしらわれたシンプルなデザインのもの。それにメダル同様シルバーのチェーンを通し、ネックレスとして身につけられるよう俺が少し手を加えたもので。 「研修中に立ち寄ったフランスでの土産だと思え、付けてやっから後ろ向いてみろよ?」 「うんっ!」 泣いていたことが嘘のように、笑顔の花が咲いた星の手からネックレスを取り、俺は星の首にソレを付けてやる。 「……大きな苦難が身に降りかかった時や、頑張っているのに道が開けない時、そのメダルに祈りを捧げるとマリア様が希望の光を与えてくれるらしい」 「祈り、ですか?」 「そう……お前が望む奇跡を、このメダイユは叶えてくれる。だから、星の願いが決まったらコイツに祈ってやって」 星が信じているのがマリア様なのか、なんなのかは分からないけれど。神様の存在を信じられる星になら、きっと今の困難を乗り越えられる力を神は与えてくれるだろう。 「ソレ、すげぇーお前に似合ってる」 俺の方を向いた星の首に、小さな光が輝いて。 「雪夜さん……オレ、雪夜さんが大好きです」 真っ直ぐに告げられた星の想いが、もう二度と変わることのないように。俺はメダイユから近くて遠い場所で、そっと奇跡を祈っていた。

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