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第829話

【星side】 軽く考えていたわけじゃない。 兄ちゃんのことを想うと、雪夜さんと別れるって選択が出てきたのはオレにとってとても自然なことだったのだけれど。 今にも泣き出しそうな雪夜さんの表情が、オレの頭から離れなくて。この人の傍にはオレがいなきゃだめなんだと、昨日はそう強く実感した日だった。 オレを求めて伸ばされる雪夜さんの手は、いつだって優しさで溢れている。だけど、オレよりも大きなその手はきっと、たくさんの不安を抱えていたんだと気づくことができたから。 余裕があるように見えるだけのこの人に、本当は余裕なんてなくて。まるでオレに縋るみたいに繋がり合うことを望む雪夜さんの想いを受け入れたオレは、気怠い朝を迎えていた。 冬休みに入ったからって、昨日は少し調子に乗って雪夜さんの相手をしてしまった自分。離れないように、愛を確かめるように、何度もひとつになった夜。 そんな安心感からか、満足感からか。 穏やかな寝息を立てて眠っている雪夜さんは、オレを抱き枕にしたまま離してはくれなくて。 「……くるしぃ」 雪夜さんにつけてもらったネックレスを外さずに眠りに就いてしまったオレは、まだ慣れないその感覚に眉を寄せてしまう。 人肌で温かくなっていたメダイユは、オレが身じろぐことで空気に触れて本来の冷たさを取り戻してしまうし、細身のチェーンは首筋に触れているままでなんとなく落ち着かない。 でも、それはきっと。 オレの願い事が、まだ決まっていないからなんじゃないかって。そう思ったオレは、可愛らしい雪夜さんの寝顔を眺めながら願い事を考えていく。 雪夜さんの傍には、こうしてオレがいて。 オレの傍には、雪夜さんがいる。オレ達の幸せは、願うものじゃなくて。どんな時でも二人で、伴に築き上げていくものだと思うから……だから、このメダイユにオレと雪夜さんの幸せを願うのは違うと思うんだ。 自分じゃ、どうしようもできないこと。 オレは、オレの幸せを願うより、兄ちゃんの幸せを願いたい。 長いあいだ、オレや両親のために塞ぎ込んでしまった兄ちゃんの気持ちが優さんに伝わるように。 さよならじゃなくて、愛してるって。 好きな人に、優さんに、兄ちゃんが心からそう言える幸せを願うことにオレは決めた。 兄ちゃんが優さんを選べない理由は、オレにあるんだから。切に祈って、その祈りが届くのなら……オレは、兄ちゃんと優さんの幸せを心から願うのみなんだ。 オレに何ができるのかは、分からない。 分からないけれど、分からないからこそ、神様は希望を与えてくれるんだと信じて。 雪夜さんの腕に抱かれたまま、小さなメダイユを握り締めたオレは、今決めたばかりの願いを心の中で唱えながら想いを込めていく。 「……幸せになって、兄ちゃん」 雪夜さんが託してくれた、兄ちゃんと優さんへの想いに彩を添えて。そう呟いたオレは、そっと瞳を閉じる。だってこれは、オレにしかできない願い事なんだから。

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