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第831話
前日ギリギリでプレゼントも手に入れ、やってきたオレ達のクリスマスイヴは、雪夜さんのあるひと言で幕を開けた。
「星くん、コレ着て」
「……へ?」
日付けは確かに、12月24日だけれど。
どこに出掛けるわけでもなく、雪夜さんのお家でのんびりと夕方近くまで過ごしていたオレは、雪夜さんから差し出された服を見て戸惑ってしまった。
綺麗な状態のまま、ハンガーに掛けられているのはスーツ。ソレを当たり前のようにオレに手渡した雪夜さんは、怖いくらいの笑みを浮かべて。
「今から支度して出掛けるから、とりあえず着て」
そう言った雪夜さんにオレは頷くことしかできず、わけも分からぬまま座っていたソファーから立ち上がる。
「……オレが、着るの?」
そうだと言われているのは分かっているけれど、訊かずにはいられなくてオレは雪夜さんに尋ねた。
「お前以外に、誰がいんだよ。ソレ、星くんじゃねぇーとはいらねぇーから」
「……え、は?」
クローゼットの中からもう一着のスーツを取り出し、やっぱりよく分からないことを言う恋人に、オレはただただ疑問を抱くばかり。
雪夜さんが何を考えているのかさっぱり分からないオレは、言われた通りとりあえずスーツに着替えるために着ていたパーカーを脱いでいく。
白地に黒の小さなドット柄のワイシャツと、ベーシックなフォーマルスーツ。落ち着いた印象を与えるそれに袖を通してみると、雪夜さんの言っていた意味が分かって。
「サイズぴったりだな、さすが俺」
オレと同じくスーツ姿になった雪夜さんは、着替えたオレを見ると満足そうにそう言うけれど。
「え、あの、なんで?」
雪夜さんの部屋のクローゼットにあったはずのスーツなのに、オレが着たこのスーツはオレのサイズで。オレじゃないと着れないことはよく分かったけれど、でもそれ以外のことは意味不明だから。
やっぱり状況が呑み込めないオレは、首を傾げることしかできない。そんなオレに雪夜さんは、タネ明かしをするみたいに口を開く。
「俺が勝手に、新調しといたお前のスーツだから。ジャケットにスラックス、ワイシャツとネクタイなら普段着てる制服とそんなに変わりねぇーだろ」
「えっと、大分違うと思うんですけど……オレこんな格好したことないし、これ着て出掛ける勇気なんてないですよ?」
訊きたくても聞けない金額的なことには目を瞑り、オレは雪夜さんを見つめる。
正装しなければいけない場所に出掛けるなんて、聞いていない。それに、服に着られてる状態で外に出るなんて……オレは一体、どんな顔をして歩けばいいのか分からないのに。
「星、大丈夫。お前が思ってる以上に、そのスーツよく似合ってるから。ほら、ネクタイ締めてやるからこっちこい」
柔らかく微笑まれ、大きな手で手招きされて。
困惑していたオレは、今日も雪夜さんの大丈夫というひと言で魔法にかかっていく。
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