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第832話

雪夜さんにネクタイを締めてもらい、そのまま流されるようにして髪まで整えてもらったオレは、鏡の中の自分の姿に驚いてしまう。 「これ……本当に、オレ?」 「だから、お前以外に誰がいんだよ。すっげぇー可愛いってか、お前も充分王子様だな」 いつも以上にカッコ良さに磨きがかかった雪夜さんにそう言われ、オレは嬉しいやら恥ずかしいやら……もう頭も心もパンクしてしまいそうなほどに、出掛ける前から贅沢な時間を味わって。 どこに行くのかは知らされないまま、オレは雪夜さんの後を追って家を出た。 スーツ姿の雪夜さんは、やっぱり飛鳥さんにとてもよく似ているけれど。ハーフアップに結ばれた髪が揺れる後ろ姿に、オレは心をときめかせていく。 ……本当に、本当にカッコイイ。 何を着てても似合ってしまう雪夜さんだけど、オレの中でスーツ姿の雪夜さんを拝める日は特にポイントが高いんだ。 服装が違うだけなのに、こんなにもドキドキしてしまうのは、今日がイヴだからなのかもしれないと。オレは車を運転する雪夜さんを眺め、そんなことを考えていた。 教えてもらえない行き先。 気になるところではあるけれど、訊いてしまったらオレは緊張で動けなくなる気もしているから。 なるべく行き先のことは考えないようにしつつ、オレは単純にドライブを楽しんでいたんだけれど。でも、しばらく車を走らせ辿り着いた場所は、ヨーロッパの街を感じさせるとても綺麗な建物が並ぶ中ところで。 シャンパンピンクのイルミネーションに包まれている教会は、賑やかなクリスマスというより静かな聖夜を演出していた。 彩られた教会の大階段には、いくつものキャンドルが列を作っていて。イルミネーションの光と共に、その小さなキャンドルの灯火は寒さを感じさせないくらいの暖かさがあった。 「すごく綺麗……オレたちが住む町にも、こんなに素敵な景色があったんですね」 「研修行った時、向こうの教会の雰囲気が落ち着いててな。俺は神様なんて信じてねぇーけど、今年のクリスマスデートは静かな場所で過ごすのも悪くねぇーかなと思って」 「悪くないどころか、素敵過ぎます。雪夜さん、どこに行くのかちっとも教えてくれなかったから……そのうちオレ、拗ねちゃうところでしたけど。でも、今は嬉しくて、なんかとっても感動してます」 雪夜さんと二人で眺める、特別な景色。 普段しない正装で訪れたことで、気持ちが浮かれ過ぎることもなく、大きな感動と小さな緊張感を抱く。 ちょっと背伸びした大人のデートみたいな雰囲気に、オレの心臓はドキドキしっぱなしなのに。 「星くん、こっち」 外では滅多に繋ぐことのない手を取り、雪夜さんは階段前の大きなツリーまでオレをエスコートしてくれて。 周りにはちらほら人がいて、男同士で手を繋いで歩くなんて人様に見せつけるものじゃないのに。 そんなこと考える余裕すらなくオレは、雪夜さんの手の暖かさを感じて一人頬を染め上げていた。

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