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第834話
普段は通り過ぎるだけの、駅前のビルの中。
そこのエレベーターに乗り込み、向かうのは最上階。42階の高さって、オレには未知数過ぎて想像することすらできないのに。
雪夜さんに連れられやってきた場所は、格式高い三ツ星レストランだった。
「……オレ、帰る」
「は?」
「だって、オレにはこんなに素敵なお店は場違い過ぎます。まだ早いと言うか、若過ぎるというか……オレは庶民です、庶民」
いくらクリスマスだからって、フランス料理が楽しめるお高いお店に連れてこられるなんて思っていなかったオレは、雪夜さんの背後に隠れて怖気づいてしまうけれど。
「大丈夫だから。ほーら、星くん行くぞ」
お店のウェイターさんに声を掛けられた雪夜さんは、オレにそう言って。オレは引き返すことのできない状況に追い込まれ、案内された窓際の席に腰掛けるしかなかった。
無駄にキョロキョロと周りを見渡してみると、オレの頭上には木製の大きなシャンデリアがあり、エレガントな雰囲気を演出している。
横を見れば、窓一面にオレ達が住む街の風景が広がっていて。下を見れば、綺麗にセッティングされたナイフやフォーク、その真ん中にはお皿の上に三角に折られたナプキンが並んで……そして、前を向けば。
「緊張し過ぎだろ、星くん」
クスッと笑ってオレを見る、雪夜さんがいる。
「あの、どうして……」
説明もなしにスーツを着て、レストランに連れてこられて、緊張しない方がどうかしてると思う。だからオレは、そんな気持ちを込めて雪夜さんにそう尋ねていた。
「お高いフレンチレストランに行くっつったら、お前絶対行かないって言うと思ったから。ナイショで連れてきちまって、悪かったな」
「いや、えっと……オレのことを思って雪夜さんがサプライズしてくれたことは素直に嬉しいんですけど、オレ緊張しちゃって」
「まぁ、慣れねぇー場所だもんな。でも、こんな時でないと飛鳥からのプレゼントを俺には使いこなせねぇーから」
「……飛鳥、さん?」
出てくるはずのない人の名前を言われ、首を傾げるオレに、雪夜さんは一枚のメモ用紙を手渡してくれて。
「半年間、遠距離頑張った俺たちへのご褒美らしい。今夜のディナーは楽しんでくれって、飛鳥からの伝言」
ありがたく受け取れ、クソガキ……って、そう書いてあるメモ用紙は、飛鳥さんが雪夜さんを大事にしている証拠なんだと思えた。
飛鳥さんの気持ちを素直に受け取って、今日ここにオレを連れてきてくれた雪夜さん。ここでの食事は一体いくらするのか考えたら、オレはとてもじゃないけれど楽しむどころじゃなくなるから。
雪夜さん同様、オレはオレなりに飛鳥さんの気持ちをありがたく受け取ることにして。
「緊張する気持ちも分かるけど、せっかくなら楽しまなきゃ損だろ?」
そう言った雪夜さんの言葉に頷いたオレは、綺麗な夜景を目に焼き付けゆっくりと微笑んでみせたんだ。
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