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第837話
「星くん、送ってく」
クリスマスも終わり、宣言通りにオレが家へと帰る日がやってきた。
家出ライフを満喫していたオレは、雪夜さんから離れたくない気持ちを堪えて現実と向き合わなきゃならなくて。
「やっぱり、ちょっと緊張しますね……」
一度は顔を合わせた母さんに会うのはそうでもないけれど、父さんと兄ちゃんに会うのは緊張するなぁって。オレが家を出て以降、父さんからも兄ちゃんからも連絡がないから。
ずっと隠されてきた兄ちゃんの本心を知る前と後じゃ、オレの気持ちが違うことを実感してしまって。オレは雪夜さんの家の玄関をなかなか開けることができずに、その場で立ち止まっていたのに。
「……ひゃっ!?」
オレの背後にいた雪夜さんに、お尻を撫でられて。オレは変な声が出てしまい、身体をビックっと震わせる。
「緊張感、飛んでったか?」
「……セクハラです」
雪夜さんの方へ振り返り、オレがそう言ってキッと睨みつけても。雪夜さんはヘラヘラと笑うだけで、反省する素振りひとつ見せてくれない。
それどころか。
「恋人ってのは、無条件でセクハラしても大丈夫な相手のことを言うんだよ。本当にお前がイヤなら、そんな可愛い反応しねぇーしな」
ニヤリと笑い、耳に唇を寄せて。
そう囁いた雪夜さんは、オレの腰に腕を回す。
玄関で靴を履く一歩手前、身支度はすでに整えてあるのに。オレが自分で持ってきたキャリーケースは、雪夜さんが運んでくれるはずなのに。
「もぅ、ん…バカ」
帰りたくなくなってしまうような、雪夜さんの意地悪で甘い空気に侵食されていくオレは、頬を膨らましつつ悪態を吐く。
「帰ってきたらお前がいないと思うと、俺だって寂しいからな……星、好き」
「オレも好き……って、違います!オレは今から、お家に帰るんです。だから、だからこんなにえっちな雰囲気にしないでください」
危うく流されてしまいそうになった意識をなんとか取り戻し、オレは雪夜さんの腕の中でもがいていくけれど。
「帰る前にすること、あんだろ?」
「…っ、ん」
顎を掴まれて、容易く捕えられた唇。
そこにふわりと重なる雪夜さんからの口付けは、ほんのり甘い煙草の味がして。
雪夜さんとのキスが、オレの緊張感をゆっくりと解かしていくから。雪夜さんの言っていたことも、あながち間違いじゃないのかもしれないとオレは思った。
玄関を開けてしまえば、こんなにも幸せで優しいキスを受け入れることはできない。モラル的なことはしっかりしなきゃいけないし、それじゃなくても雪夜さんは狼さんだし。
気を引き締めるためのキスを交わし、唇が離れていく。でもやっぱり名残惜しくて、オレは雪夜さんの額に自分のおでこを重ね合わせた。
「……行ってきます、雪夜さん」
背伸びして、ギリギリで届く位置。
コツンと合わさったおでこに、オレは頑張るねって想いを込めたんだ。
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