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第840話
「父さん、話があるんだ」
夕食後、リビングのソファーで寛ぐ父さんを捕まえてオレはそう言った。すると父さんはチカチカと光るテレビを消し、ダイニングテーブルへと移動する。
「星、そこに座りなさい。母さん、悪いがホットコーヒーを頼んでもいいかい?」
「いいですよ、星はどうするの?」
「あ、じゃあオレももらう」
外出中の兄ちゃんを除き、リビングに集まった親子。でもその雰囲気は、緊張感に包まれていた。オレの向かいにいる父さん、キッチンでコーヒーを淹れる母さん、そしてオレは雪夜さんの話をするために口を開く。
「突然家からいなくなって、本当にごめんなさい……でも、怒らずにオレの気持ちを尊重してくれてありがとう。父さん、オレにはね、好きな人がいるんだ」
どこからどう切り出していいのか分からず、オレは思っていることをそのまま伝えることにした。だけど、父さんにどう思われているのか正直よく分からない。
オレを見つめる父さんの顔には、小さな皺がたくさんあって。気づかないうちに父さんも老けたんだなって、オレはそんなことを感じていた。
「星、お前が好きな人はどんな人だ?」
ゆっくりと動く口元、父さんのソレは微笑むことも歪むこともなく、ただ言葉を発する。
「オレより歳上で、兄ちゃんと同い年の大学四 年生、学業とアルバイトを両立してて、ちゃんと自立してる人。来年度からは子供達にサッカーを教える指導者として、就職先も決まってる」
「その上、料理上手で家事もこなすし、非の打ち所のない人なんですって。名前は、白石雪夜君よ」
父さんに説明するためにオレが一生懸命言葉を選んで話していたのに、キッチンにいる母さんがオレの邪魔をして。
「もう、母さんっ!オレがせっかく真剣に父さんに話してるのに、変なこと言わないでよ」
「あら、変なことではないじゃない。星が私に教えてくれたことでしょ?」
「二人の話で、星の好きな人がどんな人なのかは分かった。それで、お前はこれからその彼とどうしていくつもりだ?」
「オレが好きな人は、同性だから……結婚とか、子供とか、そういった幸せは得ることができないのは分かってる。でも、それでもオレは雪夜さんと一緒になりたいと思ってるんだ」
一人で楽しそうに笑う母さんと、そんな母さんとは反対に深刻な顔をする父さん。
母さんがオレと雪夜さんの付き合いを認めてくれていても、父さんが頷いてくれなかったら……そしたらオレは、また家出生活に逆戻りしてしまうかもしれないけれど。
大きな不安を感じつつも、オレははっきりと父さんに思いを伝えた。静かな室内に漂うコーヒーの香りは、感じている不安を少しだけ和らげてくれる。
「そうか……その気持ちは、もう変わることはないのか?今は一生その人と添い遂げるつもりでいたとしても、5年後、10年後はどうなっているのか分からないんだぞ」
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