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第846話

「なんでって、お前女嫌いじゃねぇか。だから雪が本気になった相手は男だって、俺は前から思ってた」 顔色ひとつ変えず、俺を差別することなくそう言った遊馬は優雅に煙草の煙を吐いて。 「ほーら、俺より怖ぇ男がここにいる」 飛鳥も遊馬がここまでだったとは思っていなかったらしく、視線を俺に向けてニヤリと微笑んできた。 「雪は俺より、鳥の方が恐いだろ。自分と似たような顔した兄貴なんて、しかもそれがこんな野郎なら尚更だ」 「俺からしたら、お前らどっちもこぇーよ……なんつー兄貴だ、お前ら」 「俺、飛鳥」 「遊馬」 「誰が名前言えっつったんだ、そういうことじゃねぇーんだっつーの。あー、もう嫌だ……帰る、俺は帰る」 あからさまに遊ばれていることを自覚し、俺はやっぱりコイツらには逆らえない性なのだと悟って。この兄貴二人に振り回されるのに嫌気を感じた俺は、煙草の火を消しソファーから立ち上がるが。 「やーちゃん、誰が帰っていいなんて言った?お兄様に、逆らっていいのかなぁ……そんな態度取ると、保証人になってやんねぇぞ」 「もうサインしたじゃねぇーかよ、俺の家のことなのにほとんど勝手に決めやがって」 「でもお前も納得してたじゃねぇか、ここなら子猫ちゃんも絶対気に入るって。そう言ってあの物件選んだのお前だろ、俺は悪くねぇ」 「なんでもいいけど。雪、コーヒーおかわり」 帰らせてはくれない兄貴二人、その言うことを聞かなければならない俺。こんなことなら、帰って来るんじゃなかったと。毎度のように思うのに、それでも訪れてしまうのが俺にとっての実家なんだと思う。 立ち上がったついでに遊馬に頼まれたコーヒーを淹れ、俺は深く溜め息を吐く。 クリスマス前、飛鳥に連れられ訪れた不動産屋で、俺は俺と星の希望が詰まった物件を見つけていた。そこなら、星も必ず喜ぶと……そう思い、俺は先にその物件の契約を結んでいる。 その保証人に俺がなると、そう言って聞かなかった飛鳥は強引に書類にサインして。男同士なら結婚式とかも出来ねぇからって、良くわからない理由を並べ、飛鳥は俺と星の付き合いをおかしな形で祝福してくれた。 その事実は単純にありがたいし、嬉しいことなのだけれど。どうにもこうにも、自分が上の立場じゃないと気が済まない飛鳥は、正直手に負えない。 その上、自由奔放のようで観察眼が鋭い遊馬もセットでいるとなると、俺が感じる疲労感は半端ないものになる。 元日から家で仕事をし、今日は兄貴二人の面倒を見て。正月とは思えない日常を過ごさなきゃならない俺からは、勝手に息が漏れていく。 それを知ってか知らずか、キッチンに立つ俺の背中を眺めていた兄貴二人は、楽しそうに声を掛けてきて。 「ご苦労、やーちゃん」 「雪、お疲れ」 労われている気がしないと。 そう思っても俺は口に出すことなく、ただ黙々と手元を動かしていたのだった。

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