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第847話

「なぁ、兄貴……馬って、なんなんだ」 兄貴たちに付き合い、実家に留まり数時間後。 寝正月を満喫したいらしい遊馬がリビングから消え、飛鳥と二人きりになった俺はそう兄貴に問い掛けた。 「車バカ……ってのは表向きで、まーちゃんはランちゃんと一緒。お前が知らねぇこと、話してやってもいいけど……その代わり、まーちゃんには何も言うなよ」 飛鳥がここまであからさまに、俺に口止めするのは珍しい。俺の恋人が男だと気づいていた遊馬、けれど遊馬が俺に何も言わないように、俺も遊馬に同じ対応をしろということなのだと俺は理解して。 視線のみで頷いて見せた俺は煙草の煙を吸い込み、そして飛鳥にこう言った。 「ランと一緒ってことは、馬も死別か……ああ、だから馬はピアス外さねぇーんだな」 「そういうことだ。まーちゃんが高校の時に知り合った女がバイク好きの歳上の女で、まーちゃんの身体に穴開けるのが好きなヤツだったってこと」 遊馬の過去を俺は深く知らないが、どうやら飛鳥は全てを知っているらしい。 ランや遊馬に、限った話ではない。 人の死は、俺たちが思っているよりずっと身近で、そして突然訪れる。それが身内や知人に起きた出来事でなければ、気づくことがないだけのことなのだろう。 「アイツのボディピアスは、全部その女が開けたやつ。歳上女が生きてたら、まーちゃんは今頃、結婚してガキ作ってるくらいだと思うぜ?」 「……愛してたのか、お互い」 「正確には、愛してるの間違いな。まーちゃんは、今でもあの女のことが好きだ。だからアイツは、俺と違って他の女抱いたりしねぇだろ」 「まぁ、確かに……でもその女が好きだったのって、バイクだろ?今の馬は、ただの車バカじゃねぇーかよ」 最新版の車雑誌を見ながら酒を飲み、整備士の職をこの上なく愛している遊馬。女よりも車を選ぶ遊馬が、女を選ばない理由は納得出来たけれど。 バイク好きから何故、車好きに転向したのかが理解出来ず、俺が飛鳥に尋ねると、飛鳥は淡々と話しつつ、煙草を咥えた。 「……交通事故で、即死だったから。バイクは生身だろ、バイクの運転手がいくら気をつけてても、車の運転手が酔っ払いで、猛スピードで突っ込まれたらサヨナラだ」 「エグいな、それ……バイクに限ったことじゃねぇーとは思うけど、そんでもその状況じゃ」 「だからアイツは、バイクより身を守ることが出来る車を選んだんだよ。自分が整備士した車で、死んだ女とドライブ行くのがまーちゃんの叶わぬ夢」 室内に漂う紫煙は、弔いの念に満ちている。 遊馬は隙がなく、それでいて自由な面がある男だと思ってはいたが。遊馬をそうさせているのは、一人の女の念にあるのかもしれない。 「俺の言葉より、まーちゃんの言葉の方がお前に響く。俺はアイツの請け売りをお前に話しただけだ、好きに生きろって……良い兄貴持ったな、やーちゃん」

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