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第848話

基本的に他人に興味がなく、アホみたいに腕力があり、喧嘩が強くて、気怠げな男。 おそらくではあるが、愛した女にはかなりの甘さで好き勝手に身体に穴を開けさせていたのだろう。 愛する人を想う心内は見せることがなくとも、多くを語ることがなくても。しっかりと、俺の心に残る言葉をくれる遊馬。 それが、兄貴の優しさ。 飛鳥とは違う兄貴の存在は、俺たち兄弟にとって必要な人間なのだと知った。 「兄貴、俺もお前らみたいになれっかな……なんつーか、尊敬はしてねぇーけど、男としては憧れるっつーか……そんなとこでさ」 車バカや、クズ男になりたいわけじゃない。 むしろ、そんなヤツになるなんて死んでも御免だ。 けれど。 過去を振り返ることができ、尚且つ自分が犯した過ちを認めて。その相手を勇気づけるひと言が言えるようなヤツらが、俺の兄貴だから。 そんな兄貴たちに、その優しさを向けらていることが嬉しくて、照れ臭くて……そして、俺は感謝している。 ただ、それだけのことだった。 「……たぶん、一生で一度しか言わねぇからよく聞け」 「は?」 俺の何気ない問い掛けに、そう返してきた飛鳥は俺の瞳を真っ直ぐに見つめて口を開く。 「俺たちがいくら努力したって手に入れられないものを、お前は小さい時から持ってる。やーちゃん、お前はそのままのお前でいい。誰かに向ける優しさも、その勇気も全部、俺たちはお前から教わったんだ」 「兄貴……」 「だからお前は……白石雪夜は、俺たちよりずっと良い男だ。忘れんなよ、クソガキ」 「んなこと言われたら、忘れたくても忘れらんねぇーよ……どうしてくれんだ、クソ兄貴」 一生で、一度きり。 形のない言葉をくれた飛鳥の顔を見ることが出来ずに、俯いた俺は唇を噛んだ。 「なーに、やーちゃん泣いてんの?」 「……なワケ、ねぇーだろ」 泣いては、いない。 目頭は熱いし、鼻の奥はツンとするけれど。 でも、俺は泣いてなんかいない。 いつまで俺は、兄貴たちの背中を追いかけ前へと進むことが出来るだろう。今の俺には勿体ないくらいの言葉を、いつか胸を張って受け止められるような男になりたい。 それは、まだ今じゃないから。 俺の頭を撫でるように、柔らかく触れられた飛鳥の手を払い除け、俺は一度だけ鼻を啜りソファーから立ち上がる。 「もし華が帰ってきたら、華にもよろしく言っといて。アイツ、すげぇー頑張ってるみてぇーだから」 「お前からのその言葉が、なーちゃんにとっては一番のプレゼントだろうな。あのクソアマも、いつかお前が選んだ人生に、その相手に心許す時がくる」 「だといいけど……じゃあ、またな。あ、竜崎さんと仲良くしろよ、このド変態」 「余計なお世話だ、さっさと帰れ」 背中越しに受け取る、飛鳥の苦笑い。 それは、星と伴に新たな一歩を踏み出そうとしている俺への、素直になれない兄妹たちからの、小さなエールのように思えた。

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