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第850話
「……雪夜さん、どうしよう」
自分の家の前に立ち、そう呟いた星くん。
今日は公園が見えず、家の前の駐車スペースに俺の車が駐まっている。これは、俺と星が知り合ってから初めて取る行動だ。
「大丈夫、お前は独りじゃない」
「うん……」
右手で俺のスーツの袖を掴み、大きく息を吸って。左手で首元のメダイユを握り締めた星は、瞳を閉じると深く息を吐く。
星の願いが、どうか届きますように。
そんな思いを込め、俺が家のチャイムを鳴らした……その、数秒後。
「こんにちは、ユキちゃん。約束の時間通り、さすがユキだね……っていうよりも、ユキちゃんやっぱ正装するとイケメン度半端なくない?」
ガチャっと開いた玄関の扉から現れたのは、スウェット姿で前髪をヘアゴムで縛っている光だった。俺が来ることを知っていて、尚且つ何をしに来ているのかを知ってるはずの男。
その背後から現れた星の母親も、エプロン姿だった。そして、俺と星を見ると、嬉しそうに微笑んでこう言った。
「あら、そんなに畏まらなくても良かったのに……本当にイケメンね、どうしましょう。星、おかえりなさい。雪夜君はいらっしゃい、かしら?」
拍子抜けとは、まさにこのこと。
俺の隣にいる星くんは、困惑を通り越して恥ずかしそうに俯いてしまう。
「……雪夜さん、あの、なんかごめんなさい。オレの家族、事の重要性を理解してないみたい」
「えー、そんなことないよ?父さんだけは朝からちゃんとスーツ着て、せいとユキちゃんのこと待ってるもの。首を長ーくしてね、母さんにまだ来ないのかって何度も訊いてたんだから」
「一番緊張してるのは父さんなのよ、そんなにいじめないであげてちょうだい。さて、星も雪夜君も中へどうぞ。光の言った通りの人が、貴方たちのことを待っているわ」
本当に仲が良いのだと、会話や表情ですぐに読み取れる星の家族。一度は顔を合わせた母親と、腐れ縁の光……そんな二人からの出迎えは、俺にとっても星にとっても、良い意味で緊張感のないものだった。
玄関先で星の母親と軽い挨拶を済ませ、その後家の中へと入った俺は、あの日と変わらない星の家の雰囲気に懐かしさを感じて。
階段を上がって左側が星の部屋、そしてその横の右側が光の部屋なのだと。独り間違えて入った部屋の確認をしつつ、俺は星と共にリビングへと足を進めていく。
「……懐かしいね、ここで賭けした日のこと」
星の母親、俺と星くん、その後ろにいた光の声が聴こえ、この男もおそらく俺と似たような感情を抱いているんだろうと思った。
「賭けの続き、しようぜ」
俺と光に挟まれ、俺たちの会話をしっかりと聞き取っている星。全てを心得ているのかのような星の母親は、俺と光が視線を合わせて微笑んだことを確認してから、そっとリビングの扉を開けてくれた。
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